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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第22回

 何の前触れもなく突如現れた尋常ならざる()()は、到底信じがたいもので、彼をひどく困惑させる。


 だが気のせいではない。思い違いだとして警戒を解いてしまうほど()()は生やさしいものではなかった。

 たとえて言うならば、爆発にも似た威圧。


 少し離れた場所で周囲に目を配っていた雅嵐も同じものを感じたのか、驚きの冷めない顔で彼を振り返っている。

 直後。

 先行した気配からはかなり遅れて到着した力の風が、彼らをなぶった。


 あきらかに自然のものではない。冷や汗が流れ、総毛立つほどぞっとする純度の高い負の気の塊。


「向こうだ!」


 風が来た方角へ向かって砂を蹴る。その左手は、巨大な敵の存在を感知したことで、反射的に腰元の剣へと添えられていた。


 北だ。


 宮からは距離があることにほっとしながらも、ではなぜそんな場所からこれだけ禍々しいものが噴き出しているのかとの疑問が浮かぶ。

 答えに足るものを何ひとつ思いつけないまま、ここと定めた場に到着した翠珂が見つけたのは、丸岩のようにうずくまった人影だった。


 北方警備長の砕騎(さいき)が、相棒の央未(おうみ)の体を膝に抱き上げて、「央未!」と声掛けをしながら乱暴に肩をゆすっていた。

 央未に応える動きはない。気を失っているようだ。


「無事か?」


 声をかけて脇から覗きこむ。央未の様子は思っていたよりひどく、いつかのレンのように全身を切り刻まれ、朱に染まっている。


「どうした!」

「何があった!」


 他の方角の警備長たちがぞくぞくと集結してくる。


「分からん……魅魎の気配を感じた途端、上からいきなり直撃を受けたんだ。……俺も、吹き飛ばされて……」


 まだ立ち直りきれていないのか、動揺と、そして相棒をこんな姿にされた怒りに震える声で、砕騎はそう説明をした。


「魅魎だと?」

「まさか……」


 血の気を失った東方警備長の口をついて出たその言葉は、存在を疑い、発言内容を怪しむものではなかった。翠珂と同じく、まさに2カ月前に起きた惨劇を思い起こし、それと関連があるのではないかと推定したがゆえの言葉である。


 この果てなき場、見えない敵に研ぎ澄ました気をさらに高め、風に流れ落ちる砂音にまぎれるかすかな変調も逃すまいと、8人全員が息をつめる。あたかも伸ばした手の先も見えない闇の中に落とした刃物を手探りで取り出そうとするかのような、つたないその行為をしかしあざ笑うかのように、それは一刹那、強烈な存在感でもって突如宙に現れた。


 一斉に降り仰いだ彼らの目に映ったのは、白閃。

 数百の束となってさながら土砂降りのように降りそそがれた、力だった。


「うあっ!」


 とっさにそれぞれ防御を張ったものの、間にあわなかった何人かが直撃を受けて背後に弾け飛ぶ。

 どうにかしのいだ翠珂は両腕に重く残る感触と耳の痺れに目を細めながら、力の来た方向を再び見上げた。


「思ってたよりずっと遅いな、あんたら」


 けらけらけら。

 軽い笑い声を発し、泰然と、月を背にして立っている。


 黒い着衣、ひるがえる黒マント。

 浅黒い肌に漆黒の髪と瞳という、黒づくしのせいか、その姿は闇から溶け出したかのように見える。


(あれが、彩煉を殺した魅魎か!)


 直感と、ただ一言で表すには足りない、激しい感情で翠珂はにらみ上げた。


 光源が絶対的に不足しているため、輪郭すら部分部分しかうかがえないところもある。肝心の面もまた。だがそれだけでも今の翠珂には十分すぎた。


 彩煉と……そしてレンの運命を引き裂いた魅魎が、手の届く域にいる!


 あれほど憎悪してきた存在をようやく眼前に捕えることのできた歓喜に、我身を顧みない危険な殺意が膨れあがる。初心者のように逸る気におされて剣の(つば)を親指で押し上げた翠珂は、けれどもほぼ同時に今まで相対した敵とは微妙に違う、奇妙な感を受けて抜く手を止めた。


「ちょっと鈍すぎるぜ。宮にいれば安全だと、油断しすぎてなまっちまってんじゃねーの?」


 椰楡(やゆ)する、その軽薄な口調に聞き覚えはない。

 月の光に照り返る左の瞳が放つのは、あくまでも嘲り。宿っているのは侮蔑の色。

 そんな目で自分を見る存在など、魅魎以外にはいない。


 視線や言葉の内容のみでそう結論するのは早計であるにしても、負の力をたぎらせ、なお誇示してくるあれは、間違いなく魅魎だ。


 なのに一体なぜ、こんなにも胸が騒ぐ。早鐘のように鳴る?


 ――あの声。

 まさか……。


 激しい頭痛と緊張に襲われる中、魅魎を見続けた翠珂があるひらめきを言葉として形づけようとしていたときである。


 じろじろ舐め回すように見ていた魅魎の視線が、ふと翠珂1人に固定された。


「ふうん、翠の瞳か……。緑とか碧の瞳は今までにも結構いたけど、あんたみたく明るい翠はめずらしいな。透明度もいい線いってるし。いいな、それ」


 くれよ、そう言いたげな口ぶりだった。

 実際そのつもりで言っているのだろう。両手を添えた腰を軽く折って、興味深げに身を乗り出している。


「ぬかせ! 魅魎めが!!」


 あからさまな侮辱に、(うな)るように叫んで翠珂の脇にいた者が剣の柄に手をかけ、勢いにあかせて鯉口(こいくち)を切る。だが次の刹那、彼の体は真空の刃によって左肩から腕を落とされた。


炬藍(こうらん)!」


 悲鳴のような声で名を呼び、背後にいた相棒が崩折れる彼の体を抱きとめる。


 血を振り撒いて転がる腕は3つに寸断されている。剣を抜いていれば、自分であったかもしれない姿に翠珂が息を飲む。

 追い打ちが入ると感じた者たちが炬藍と彼を支える相棒をかばうように囲んだ直後、ここぞとばかりに魅魎の高笑いが宙を満たした。


「のろまなばかが! 自分がどういう立場にいるかも分からねえときた!

 俺の(ゆる)しも請わずに勝手に動いたりすんじゃねーよ! 弱っちいくせに生意気なまねしやがるとロクな死に方しないぜ。――って、あ、もう死にかけてるか」


 ごめんねーっ、などとおふざけたっぷりに笑みを入れる。

 腕を落としながら罪悪感のかけらもない、面白おかしくふるまう道化た姿に、翠珂は形を取りはじめていた懸念を押しつぶした。


 そんなはずない。

 こんな低劣な輩が、そうであっていいわけがない!


 ふつふつとこみ上がる冷たい怒りにあらためて敵意を沸かせ、隙をうかがおうとする翠珂の前。魅魎はポケットから何か丸い、珠のような物を2つ取り出して、彼の足元に放り投げた。


「そら、香典がわりにくれてやるよ。もういらねーや」


 パラパラパラ。

 手元に開いた闇の口からいくつもいくつもこぼれ落ちてくる。数十にものぼるそれが人の眼球であると気付いた瞬間、大半の警備長が目を(みは)って息を呑んだ。


「きさまあっ!」


 怒声を発し、あらん限りの殺意をこめて宙の敵をにらみつける。火炎系の魔断である緋纓(ひえい)が、陰より死角をついて炎を放ったけれど、それは魅魎に届くよりはるか手前の空間で大きくねじれて虚空に消えた。


 魅魎は、大袈裟に肩をすぼめて息をつく。


「まあーったく。ちゃっちいなあ。マジでこの程度かよ。退魔師どもがわんさかいる難攻不落の宮だっていうから、そこを警備するやつらがどんな力を持つか、楽しみにしてたってーのに。

 あーあっ、期待外れだなーっ。詐欺だよ、これじゃ。弱いんなら弱いんなりに、せめて趣向に凝れって。ザレムにいた攻撃アリどものほうが、まだずっと面白い手法をみせてくれたってもんだ」


 そっぽを向き、聞こえよがしな独り言で不満を罵ったあと、再びかれらへ目を戻した魅魎は、ふてぶてしく意味深に笑って、2カ月ほど前に魅魎の襲撃で半壊した町の名を上げた。


「……まさか、あの町を襲ったのは……」


 こういった緊迫した場にはまだ経験の浅い雅嵐が、まるで冷めない悪夢の中に陥ってしまったことを恐れる声で、あとずさりながら(うめ)く。


 返答の分かりきっている問いほどくだらないものはないと言いたげに魅魎は口端を上げ、冷やかな笑みを浮かべた。

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