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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第21回

●再  来


 茜色の残光が西の空を中心に広がりはじめ、サキスにある教会より晩鐘(ばんしょう)の音が届くころ。翠珂は本をたたむといつものように藍色をしたヘッドバンドと手袋を引き出しから取り出した。


 厚い物は指先の感覚を鈍らせるとして好まない彼は、生地の薄い手袋をあえてつけるようにしている。肘のすぐ下までくる長手袋の上から上着の袖をおろし、マジックテープで口を止めあわせると、寝台に目を向け、レンの眠りを確認してから部屋を出る。


「もう行くのか?」

「おつとめご苦労さまです」

「がんばってね」


 廊下ですれ違う魔断や候補生たちが親しげに声をかけてくる。

 あの悲惨な事件より2カ月を経た今もまだ、彼の姿に消えた仲間を思いだすのか、笑顔でありながら声音に少し不自然な固さをしている。

 そのことに気付きながらも素知らぬふりで、翠珂は彼らに適切な返答を返しながら宮を出た。


 通い慣れた坂道を下りて、まっすぐ西の門へと向かう。そこには、昼の役目を終えた、彼と同じ西方警備長の役につく者たちが彼の到着を待っていた。


「やあ」


 手袋や裾、マントの(ひだ)など、端々にたまった砂をはたき落としていた彼らが近づく翠珂に気付いて手を上げる。


「おまえが面倒をみてるあの子、レンていったっけ? その後どう?」

「順調に回復してるよ。多分もう少ししたら立てるようになると思う」

「そう」

「何かあったか?」

「南西のほうで魎鬼が出たらしい。まあやつらが出没するのはいつものことだけどね」

「妖鬼らしい影を見たとか言うやつもいたな……だれだっけ?」


 その言葉に、奥で同じように申し送りをしていた者の横で報告書を書いていた東方警備長を務める魔断が、ペンを持つ手を上げる。


「北との境で見たな。5~6匹の、小規模の群れだった。もっとも、俺の姿見たらすごい早さでみんな逃げてったけど」

「と、いうことだ」


 肩を竦めた彼に「分かった」と礼を返しつつ、翠珂は相棒の雅嵐(がらん)に向かって手を振ると、彼がそばに走ってくるのを待って、他の者たちに先んじて門から外へ歩きだした。


 砂漠へ出たとたん、ヒュッと冷たい夜風がうなじへ向けて吹きぬけて、思わず首をすぼめる。寒いから凍死する、といったことはないが、それでも寒いものは寒い。

 昼の警備をしていたころは、真上から照りつける陽に、つい愚痴をこぼしたこともあったが、今はその灼熱も懐かしくさえ思えた。

 そんな彼の姿に、となりで笑って――……。


 舌打ちをする。

 彩煉と組んでいたころのことを思いだすのは、まだ辛かった。

 脳裏に浮かびかけた面影を、頭を振って散らし、黙々と歩く。


 空一面を飾る星々のまたたき。星明かりに白く浮き立つ砂丘と、砂粒を巻き上げて吹く鋭い夜風。

 そういったもののただ中にありながら翠珂は開放感を覚えるでなく、意識は離れた宮で眠るレンへと向かっていた。


 あれ以来、彼女の口にした言葉がどうにも気にかかる。あの笑みはまるで、この世に身を置くということが意味をなさないものであると思っているようだった。


 まだ16なのに。


 肉体的・精神的に最も充実した歳で変化を止めて、その後は維持することに力を使っている自分たちと違い、人間は初夏の花のようにまたたく間に成長して、とどまることなくその姿を変えていく。


 中でも退魔師の生涯は短い。

 16~18歳で宮から出立していくが、彼らはまだヒヨコのようなものだ。所属した国の手練れの退魔師たちの下で実地を学び、経験を経て、ようやく一人前の退魔師となるわけだが、人にはない超常能力を使う相手と闘わなくてはならない過酷な任務ゆえに、定年と言われる歳まで生き残れる者はほんの一握りだ。ほとんどが最初の10年を生き残れずに終えていくのが現実で……。


 それでも、16という歳は、まだまだ未来を期待できる歳だろう。出立する彼らは全員、未来への希望に胸をふくらませ、自信と輝きに満ちあふれた頼もしい姿で颯爽(さっそう)と門から出ていく。


 けれど彼女は、彩煉の死とともに自身の未来も葬ってしまった感じがした。

 名前を呼べば返事をするし、話しかければ応えて、笑ってくれもする。だがそのどれもが心からのものに見えなくて……ただ息をして、動いているだけの、虚ろな器のような(もろ)さがうかがえた。

 気付けば無言で長い間宙を見つめていることが多く、そういうときは、何を考えているのだろうと不安にかられる。1分後には手首を切っているような、そんな危うさを感じてしまい、だから目を放せない、というのもある。


(生き残ってしまった自分を責め、幸せになってはいけないと思いこんでいるような気はしていたけれど、まさか退魔師となることを放棄しようとまで考えていたなんて……)


 深いため息が、口をついた。

 彼女と彩煉の互いを思いやる思いの強さから、あの2人は絶対に組むのだと思っていた翠珂だが、彩煉が消えたあと、そこまで深く考えたことはなかった。

 彩煉が散った今のレンでは、感応は無理ではないかと思う。けれど蒼駕の示した可能性は、翠珂も聞いたことがあるものだった。


 彼女の魔導杖は、まだだれとも共鳴を果たしていない。


 魅魎に襲われたとき、彩煉といながら共鳴しなかったのはおかしく思えるが……それなりの事情というものがあったのだろう。

 彼女はまだ実戦を体験したことのない初心者だ。初めて死に直面し、切羽詰まった状況で、使うことを思いつかなかったという彼女の説明は納得できる。

 接敵した、最初の時点で彩煉は深手を負っていたそうだし、岩場の崩落に魎鬼たち、それにすぐそばに魅魎がいたのなら、攻撃を避けながら感応するのは難しいだろう。機会がなかったというのは十分考えられる。


 その場にいたわけではないから結局は想像でしかないことだが、それが今において、救いとなっているわけだ。

 彩煉と感応したあとで彼を失っていたら、最悪だったかもしれない。

 蒼駕の言うように2人目の魔断と感応できる可能性もあるにはあるが、前例は少ない。そういう状況に陥った退魔師の大半が感応を拒否して引退を選んだからだということもあるが、感応式に臨んで、失敗に終わった例のほうが多かった。


 そんな中、魔導杖が無垢の状態であるのは有利に働くだろう。おそらく。


 「レンはきっと立派な退魔師になるよ」というのが彼女について話すときの彩煉の口癖で、それをよく聞かされていた翠珂は、今ではその意志を継ぎたいとまで思っていた。


 6年に及ぶ厳しい訓練に堪え、最終試験に合格し、魔導杖を得られたことを思えば、それを無駄にしないためにも彼女には魔断と感応して退魔師になってもらいたい。


 つらつらとそんなことを考えているうち、例の岩場の跡地へ到着する。

 砂まじりの乾いた風を受け、しなった弓を連想させる銀の月に照らされた中、今では見る影もなく、うらびれた場所になっている。

 岩と小石だらけの残骸はほとんど当時のままだった。

 砂に突き刺さった大岩など、まるで彩煉の墓標のようで、はじめのころは見るのもいやだったが、さすがに2カ月以上経つと嫌悪も薄れ始めてくる。


 ではいつか、この光景を見ても平気になれる強さを持てる日がくるのだろうか。


 それは、今はまだあり得ないことのように思えた。しかし、そうなってほしかった。

 もしそうなるのであれば、レンの傷ついた心もいつか癒され、幸せになろうと思うときが来るのだと希望が持てる。

 それだけが彼女に生きる意味を取り戻させられるのではないかと、彼は切な気持ちで信じていた。


「なあ彩煉。おまえを失ったんだ、せめてこれからの日々くらい、穏やかに送らせてあげたいよな」


 退魔師になってもらいたいけれど、だめなら、そうでなくてもいい。

 人並みの恋をして、家庭を持って。生き甲斐を得、人として満足に足る一生を過ごしてほしい。そのためにできることがあるなら何だってしてあげるから。


 そう思い、彩煉の意見をあおぐように天を見上げた翠珂の全身が、次の刹那、異変を感じとって強ばった。

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