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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第17回

 現実へ戻ること。それはすなわち『彩煉のいない世界』と直面することにほかならない。


 彼が死に、自分1人生き残った――それを認識することが彼女にとってどれほど残酷なことか、翠珂は自分のことのように察することができた。


 彼とて失いがたい者との別れを幾度となく繰り返してきている。世の中には慣れることのできる痛みとそうでない痛みがあり、彼女の受けた痛みは完全に後者のものだ。

 彩煉がどれほど彼女に愛情をそそいでいたか、レンがどれほど彼を慕っていたか。それを嘘偽りと疑う者はまずいないだろう。一番近くで2人を見てきた自分が一番知っていることだ。


 似合いの一対。ともにあり、またあり続けると、思っていたのに……。


 それが永遠に失われた今、眠り続けたい気持ちは分かる。

 でも、それでも。


「それでもレン。きみは、戻ってこないと……」


 つぶやきは、不安で途切れた。

 それが本当に正しいことであるのか、翠珂にも判断つけがたかったために。


 彼女はきっと自分1人生き残ったことを嘆き、彼の死は自分のせいだと言うだろう。彼女を第一に思うなら、このままのほうがいいのではないか。


 苦痛のない寝顔。目を覚ました瞬間彼女を待つのは修羅だ。はたして彼女がこんなにも静かになれる日が来るだろうか。

 目覚めない夢はきっと、彼女に優しい。彩煉のいない場で生きることを彼女は望まないだろう。彼女の考えを無視し、彼女に生きることを押しつけていいものか。それは身勝手ではないのか。


 生き続けていればきっとこの先生きていて良かったと思える日が来る、と言う者もいるけれど、それは他人事の無責任な発言ではないかと翠珂は疑ってしまう。

 自分のように数百年を生きる魔断であるならまだしも、人の生涯は『いつか』を――しかもそれが不運でなく幸運であることを――漠然と期待して生きられるほど、時間的余裕のある穏やかなものではない。自分を責め、もっと辛い思いをして苦しみもがきながら最期を迎えることになるかもしれない……。



◆◆◆



 どのくらいの間そうしていたろうか。

 何の得策も思いつかぬまま、熱で温まった布を水にひたして絞り、もう一度かけてやることを繰り返していると、かちゃりと取っ手の回る音がして、ドアが押し開かれた。


「……あの。よろしいでしょうか?」


 中にいたのがいつもの珠璃でなく、翠珂であったことに軽く驚き、ためらいがちに断りを発したのは、リオンだった。


「どうぞ。きみたちに対して閉ざすドアは持っていないよ」


 にこやかな笑みを向け、翠珂が立ち上がって場をゆずると、後ろからクリスもついて入ってくる。着替える間も惜しんだのか2人とも訓練着のままで、ぱたぱた駆け足でレンの枕元へと寄った。


「レン、昨日より細ってる……」


 か細い声で、クリスが頬をなぞる。やはり熱っぽい肌に、レンの負担になることを恐れて手をひいたものの、気遣わしげに彼女の額や腕に巻かれた包帯を見ていた。


「今日も1度も……ですか?」


 振り返ったリオンが、2人の邪魔をしないよう壁まで下がった翠珂に訊く。うなずかれたことに、彼女はそっと唇を噛んだ。


「私、あと4日したら出立しないといけないんです……通達が、来て」


 ぽつっとこぼす。


「ザレムの町が魅魎に襲われて、退魔師の数が足りないそうなんです。私もきっと、すぐ現場に出ることになるでしょう。もう少し日を延ばしてもらえるように申請しても、きっと許してもらえないだろうし……。

 だから、それまでに目を覚ましてくれるといいんだけど……」


 彼に言ったところでどうしようもないのは彼女にも分かっていた。もう7日もこのままで、何ひとつ進展がない以上、あと4日でどうにかなると楽観することもできない。

 けれどリオンには自分を待ち受ける未来の険しさが容易に想像できていた。


 王都の手練れた退魔師の下について下積みを重ねることなく、いきなり現場に送られて実戦にさらされることになるのだ。

 もちろん彼女1人で配置させられるわけはないが、それでもこれが今生の別れとなる可能性は、退魔師同士ということを考えれば高いだろう。


 こんな、傷ついたレンを残して出立するなんて……。

 自分のことはいい。それくらいの覚悟もなしで安易に退魔師になろうとしたわけじゃないから。

 でも、こんな別れはいやだ。


 そんな、切羽つまった願いで足元の床に向けられた目は赤く充血し、まるで涙をこぼすまいとしているようで痛々しい。

 昏睡したままのレンに、今日あったことを話しかける2人の姿に、翠珂は突然この場にいてはいけないことを悟って背を浮かせた。


「珠璃薬師長を呼んでくるから」


 彼女たちの邪魔にならないよう、そっと告げて扉に手をかけたとき。ふと珠璃の口にした注意を思い出したが、ミシェルはいないようだしと思い直して部屋を出た。

 直後、扉に背を預ける。


 彼女たちが己の無力さを痛感しているのは、痛いほど分かった。それは、翠珂自身感じていることだから。

 息が詰まる。

 一体どうすればいい? みんなのために、何が最良となる?


 いまだ代わり映えのない自問が頭痛となって翠珂を襲う。だが思いつくことといえば、このままではいけないと、そればかり。

 腹立だしくさえ思う自分の愚かさに舌打ちをこぼしながら向いた右手の角に、ふと彼はミシェルの姿を見出して、歩き出そうとした足を止めた。


 柱の影で、うつむいた横顔が見える。横髪の隙間から覗く彼女の表情はとても苦しげで、蝋人形も同然に青冷めていた。


 どうしてあんな所にいるのか……彼女たちと一緒に来たのであれば、中へ入ればいいのに。

 不思議に思ったものの、昨日のことできまりが悪いのかもしれないと思い直し、気にすることはないよと言いに近寄る。けれど、中ほどまで距離をつめたとき、彼女が1人でないことに気付いて再び歩み寄ることをやめた。


「……くやしいわ」


 血の色に染まるまで噛みしめられた唇から、ようやく言葉がこぼれた。

 瞬間、ミシェルは今の顔を見られたくないというように、手に泣き伏す。

 そんな彼女を、彼女と感応した魔断の海矢(かいや)がいたわるように抱き寄せた。


「操主」

「くやしい。あたしたちじゃだめなの。何の慰めにもなってあげられない!」


 それは、口にした彼女自身をざくざくと傷つける、刃物のように鋭利な吐露だった。


「そんなことはありません。あなたと彼女は友達じゃありませんか。友達は、とても特別な存在です」


 海矢の優しい言葉が耳元でする。

 ミシェルは頑なに首を振って拒絶を示した。


 慰められるわけがない。

 魔断と感応した自分たちに、一体彼女の何を分かってあげられるだろう?

 自分は半身ともいうべき存在を得、彼女は永遠に失った。いや、それ以上にもっとひどい。

 最愛の人を、目の前で殺されたのだから。


 こんな自分が何を――たとえ正論を口にしたところで、彼女の心に届くものか。

 ますます傷つけるだけだ。


「どうしよう……あたし、どうしたら……レン……」

「いいえ、操主。大丈夫です。あなたの思いはきっと届きます。私も祈っています。悲しみに捕われたあなたの友達が、あなたの優しさに気付いてくれるように」


 髪に口付け、さあ彼女の元へ行きましょうと勧める姿に、そっと翠珂は背を向けた。気付かれないうちにその場から遠ざかる。


 もはや一刻も無駄にはできなかった。なんとしてもレンを目覚めさせる手段を考えなくてはいけないと、強く決意する。

 今度の出来事に、彼女だけでなく、たくさんの者が傷ついている。彩煉は二度とかえらないけれど、それでも、レンは戻ってこなくてはいけないのだ。


 でなければ、だれも救われない。

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