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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第15回

●試  練


 夕刻。

 静かな……あまりに静かすぎる別館の渡り廊下を走る足音があった。

 宮内においては走行を禁ず、という規則を尊ずる気配はまるでなく、館の端から端まで響いていそうな高い足音は恐るべき早さで階段を駆け上がり、またたく間に最上階の4階へとたどり着く。

 廊下を通る際、幾人かの者とすれ違ったが、だれ一人としてこの行為をとがめ、その尋常ならざる様子の理由を求めて先をふさごうとはしない。


 その行為を諌めることなどだれにもできるはずもないことを、このとき、彼らはよく知っていた。

 悼みとともに。


 合わせることを避けるように床へ向けてそらされた視線、重苦しい沈黙。

 肩の高さで切りそろえられた、春の若草色した髪を乱して走る彼が脇を通りすぎるのを息を殺して待ったあと、そっとその背を顧みる者も何人かいたが、その目に浮かぶ鈍い光は、だれもが同じ痛みを感じていることを暗に告げていた。

 そうしたところで彼の痛みはわずかも癒されることはないことを知りながら……。





「彩煉が……、あいつが散ったというのは本当ですか!!」


 執務室の扉を押し開け、飛びこむなり叫ぶ。その声に重なって、扉が激しく向かい側の壁に当たる音が響く。

 部屋の中には宮母の執務を補佐する補佐長2人を筆頭とし、その補佐役を務める6人の魔断、そして前補佐長の蒼駕がいたが、ノックもしない、その礼儀に欠けた態度を叱責する者はおらず、だれもが厳しい表情を刻んだ面を闘入(ちんにゅう)した彼へと向けた。


「事実だ」


 正面に座していた執務補佐長の1人、つい数時間前、蒼駕(そうが)からその任を引き継いだ碧凌(みりょう)が返答をする。

 波紋ひとつない湖面を打つような肯定の言葉に、いまだ大きく肩で息をしていた彼――翡閃牙(ひせんが)の化身・翠珂(すいか)は、西方の岩場から突如噴き上がった尋常でない炎の報告を受け、そちらへ向かった警備長から聞いたことが真実であったことを思い知り、一歩背後によろめいた。


「そんな……あいつが……そんっ……」


 あまりの衝撃にそれ以上言葉が続かない。

 ほんの数時間前だ。今日の感応式について、笑って話していた親友の突然の訃報に、何をどう言えばいいのか……それすらも混乱した頭には浮かはず、ただ割れそうなほど痛むこめかみに手を添えてかぶりを振ることしかできない。

 そんな翠珂の後ろに回り、開いたままだった扉を閉めた蒼駕は、彼の肩に手を回して空いた席へと誘導した。


「一体……一体何者が……」


 おちつくようにと差し出された紅茶に目もくれず、翠珂は目元をおおった手の下で切迫した硬い声を出す。

 まばたくことすらできずに一点を見つめる目は、しかし何も映してはいない。真冬の雪原に独りとり残されたように体裁もなくがたがたと身を震わせる、彼の頭中は今、彩煉ただ一人に占められていた。


 同室者であり長年の親友、同じ西方警備長を務めていた火炎系の魔断・紅鳳牙(こうほうが)の化身。


 今日の感応式に出席しているはずの彼の姿がどこにも見えないことに気付いたのは、感応式も半ば以上終えたころだった。

 感応をはたした新たな主人とともに会場を出て行きはじめる魔断たち。自分のように感応できずに残っている側と、そのどちらからも彩煉を見つけられなくて不信に思ったりもしたけれど、てっきりそれは自分が見逃しただけだとばかり思っていた。


 自分のように、操主となる者がだれかをはっきり特定できないまま、儀礼的に式に参加したのと違い、彼にはレンという娘がいる。互いを特別視する彼らにとって、これは形だけの式にすぎない。まだほとんどの候補生と魔断が混交しているうちから彼らは早々に互いを見つけ、抜けたのだろう、と。


『レンが言うから、出てみることにしたよ』


 この十数年、自分がいくら「参加するだけでもしてみたらどうか」と勧めても笑うだけで一向に取り合おうとしなかったくせに、今度ばかりは照れながら、新しい盛装衣を注文していた。


 操主を失い、内心自分のせいだと沈んでいた彩煉に、新たな生き甲斐を与えてくれた少女・レン。彼こそが救いだと思っている彼女はきっと知らないだろう、どれだけ自分の存在があいつの救いになっていたか。

 その彼女が上級退魔剣士として出立することになって、これでようやくあいつも完全に立ち直れると、そう思っていたのに!


 あいつが、散ったなんて……。


「教えてください! あいつはだれにやられたんですか!」


 たぎる憤りにあかせ、座した補佐たちを睨みつけんばかりに見回す。そのだれもが自分と視線を合わせるのを避け、硬く口を閉ざして沈黙をきめこんでいることに憎しみさえ抱いたころ。もう1人の執務補佐長の白瑛が低くつぶやいた。


「それを知ってどうする」

「退魔は当然でしょう! あいつを失いながらなんら報復に出なければ、相手をつけ上がらせるだけです!

 ましてやこの近辺に現れて暴虐の限りを尽くした魅魎を放置するなど、宮の権威にもかかわる重大なことでしょう! 魅魎を滅する退魔師を養育する宮として、他国に示しがつきません!」


 彼の冷静さにあおられ、カッとなって叫び返した言葉は、確かに道理を通してはいたが、それが親友を失った憤怒から出たことは疑うべくもない。

 なぜなら、その問いに対する答えを彼が知らないはずはないのだから。


 それをわざわざ言葉にしなければいけないことに白瑛は頬杖で隠した口元で深いため息をもらし、ちらと横に立つ蒼駕に視線を投げた。

 蒼駕も、一見してそうとは見えない無表情ながらも、暗く沈んだ瞳の色から、彼がこの事件に心を痛めていることが分かる。それも当然だろう。最初、あそこには自分が行くと言っていたのだ。そんな蒼駕からしてみれば、彩煉は自分の身代わりで散ったように思えるに違いない。


 白瑛は、他者に気付かれない程度に眉をひそめつつ、言った。


「不可能だ。この距離で、気配をつかむこともできなかったわれわれに何ができる。

 すでに姿を消した者を、この広大な大陸、砂漠中をくまなく索敵するなどできはしない」


 もともと声に表れるほうではないが、いつもにまして感情の欠落した声のままに淡々と語られるそれは、これ以上ないと思えるほど残酷な、事実だった。


 真実に反論できる言葉などありはしない。

 だがそれを素直に認めることもなかなかできず、やりきれなさにこの場のだれもが奥歯を噛みしめ、こぶしをつくる。


 宮とサキス、訓練生たちや未来存続への義務、立場。それら一切を放棄し、己の自尊心や感情を優先して好き勝手に動くわけにはいかないのだ。

 仲間を無惨に殺され、退魔師を養育する場でありながら魅魎の暴虐を止められなかったと、不甲斐ないと、少なからずの嘲笑を受け、信用を損ねようとも、護るべきものを持つ者は受け身にならざるを得ない。


 もちろん各国の退魔師たちに書を送り、注意喚起とともに情報提供を促すことはできる。だが相手が魅魎とあっては、そうすることに意味があるとは思えない。通報の書を受け取ってこちらが出向くまで、魅魎が何もせずにおとなしく待っているわけがないからだ。当然現地の退魔師たちも、魅魎が現れたとなれば放ってはおかない。


 独力で何の手がかりもなしにたった1人を捜しだそうとするなど、砂漠の砂の中から特定の砂粒を見つけだすのと同様に難しく、また愚かな行為だ。捜し出して滅す――そんなことが容易にできるものなら、とうに魅魎はこの大陸上より一掃されているだろう。


「ですが……」


 それではあまりに彩煉が……。


 彼の内にわだかまる口惜しさを察するように、隣席の執務補佐役が翠珂の手をそっと包んだ。


「第一に、何者の仕業かも不明のままだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。当然ながら彩煉の遺体はない。だからどのように死んだかは不明だ。

 現場へ向かった者たちからの報告によれば、3体の魎鬼の焼け焦げた死骸――これは部分的に残っていた身体的特徴から、先に現場へ向かった封師だと結論が出ている――その他戦闘の痕跡や宙に漂っていた負の気から、相手は中級魅魎級の、しかもかなり強力なカの持ち主との見当がつくものだったそうだが、だれ一人としてその姿を確認できていない以上、魅妖か魘魅かも判断できず、やはり臆測でしかない」

「同行した候補生は重傷を負ったが命は助かった、それがせめてもの救いだ」


 ため息とともにそう言ったのは、矩水(くがみ)だった。

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