第14回
●新たなはじまり
夜、ザレムの町はいつになく絢爛とした輝きに包まれていた。
ザレイス国王生誕記念日より5日たつ。国を挙げての祝いはあと10日ほど続く。それは国王の居する王都からはかなり遠距離にある、人口700人たらずのこの小さな町も例外ではなかった。
この半月の間、働く者はザレイス国民であれば1人としていない。年に1度の盛大な祝事に浮き足立ち、財布の紐口も緩まる者に対してここぞとばかりに街路中に商売の布を広げる香具師はどれも異国人ばかりで、参道にひしめきあう人々は皆、紅燈を手に祝言を言いあっている。
「幸いあれ!」
「健やかなるかな御大。ザレイス国に栄えあれ!」
至る所で国王を誉め称える言葉が声高に叫ばれる。
青年団が毎年お決まりの建国伝説を演じている、大通りに設置された簡易舞台には花とともに振り撒かれる砂糖菓子を目当てとする子どもたちが群がり、この半月の間に想いを通じあわせた恋人たちは国王への祝福に舞い降りた神の威光を受けて固く結びつく、という言い伝えにより、年ごろの少年少女は競うようにして想い人の元へ走る。
この日のためにと用意されていた特上の酒が町長のはからいによって広場でふるまわれ、男たちが杯を掲げるたび、琥珀色の飛沫がきらきらと光の破片のように周囲に飛び散るなど、笑声が間断なく町中を満たしていた。
昼夜を徹して止むことを知らない誉め歌と光、浄福に包まれた町は今日もまた、例にもれず夜を昼へと変えている。
幸せの賑わいにあやかろうという者ならまだしも、何も知らずにこの国を訪れた者は、さぞかし驚き、唖然となるに違いない。狂乱と呼ぶのが一番ふさわしく思えるその騒ぎは、防砂壁外にまで響いている。
天は満ち月。
赤みがかった真円の巨大な月が放つ光を受けて、微細な砂粒は闇の中にありながら青白くほのかにきらめいている。めずらしく風は凪いでおり、ときおり前髪を震わせるほどの微風が渡る程度だ。
耳を澄ませばなだらかな砂丘の斜面をさらさらとこぼれ落ちる砂音さえ聞こえてくるような白砂原に、このとき、音もたてず黒影が舞い降りた。
闇においては巨大な鳥と見間違えそうなほど自然な動きで、靴先が触れる寸前の宙に着地を果たす。
優雅な身のこなしで背筋を伸ばしたそれは、遠目からも克明に識別できるほど抜きん出た美身の持ち主だった。
闇色の着衣をまとう中、組まれた手につけた白の手袋が浮き上がり、上着や髪が、不自然極まりなく強い上昇の風にはためいている。
この程度、造作もないと宙に身を置いているのだ、人型をとっているとはいえ到底人であるはずもない。
南国の民を思わせる浅黒い肌、夜の闇の中にあって、闇よりも暗い漆黒の髪。
いろとりどりの光さざめく町を眼前に口元へ刷いた笑みは、腹の奥底がぞくりとするほどあやしく美しく、魅了の力にあふれ、刹那的な快楽を垣間見せる。
もし目にする者があればそれがだれであれ、心を引きつけて止まないのは明らかだ。
傲岸不遜ともいうべきその冷酷にして残虐な微笑は、今、ザレムの町を捕えている。
苦痛と破壊を従えた、魔の到来である。
町は、これからもたらされる惨劇を露ほども知らず、哀しいほど賑わい、華やいでいた……。




