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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第10回

●悪夢の始まり


 明るい声とともに、もう隠す必要もないというようにいきなり生じた存在感にふり仰ぐ。

 そこに浮かんでいたのは少年だった。


 満ちた悪臭をきらってか、洞穴内の空間を遮断するように一際濃い闇で全身をおおいながら、綿帽子のような黒い巻き毛はその細部まではっきり見えるほど浮き立っている。

 虹色の大きな目。血色のいい両頬にはぽちぽちとソバカスが浮いて、まるで幻聖宮中を走り回る入宮したての闊達な子どもたちを想起させるが、とてもじゃないが『きれい』の部類には入りそうにない。


 歳はおそらく10そこそこ。人間の子どもとしてあてはめてみれば、だが。


 はじめ、彩煉もあまりに想像とかけ離れた、まるでらしくないその姿にあっけにとられる。

 だがそこにいる『者』は子どもではない、それどころか人ですらない存在であることを、彩煉は()っていた。


「おまえがこれをしたのか」


 これだけ近距離にいながら、少しも負の気配を感じさせないことに、ひそかに戦慄しながら問う。

 生き生きとした表情。気品を重視し、容姿の出来を最も気にするのが中級魅魎の最大の特徴であるはずなのに。


 人型をとれているとはいってもこの姿では、せいぜい中級魅魎としては下位……魅妖に創られた魘魅(えんみ)という可能性もある。

 なのに、完全に隠された力。


 ちぐはぐすぎるのだ。この距離にいながら自分に気配をまるで感じさせなかったほどの技量を持つのであれば、想像を絶するほどの美貌の持ち主であっておかしくないのに。

 二百数十年に及ぶ退魔歴、さまざまな魅魎と相対してきたが、ここまで測れない相手は知らない。


 背骨を駆け上がっていく、ささくれた緊張に全身の筋肉がわななく。さとられまいと強張った肌のすぐ下で、血管が痛いほど熱く脈打っているのが分かった。


「まーったく。待ちかねちゃったよ、ぼく」


 無表情で自分を見上げる彩煉の胸の内など、簡単に見抜けるという顔で含み笑うと、少年は見えない足場がそこにあるようにすっくと立って、両手を腰にあてた。

 蛍光オレンジと青の縞模様の靴下がぼうっと闇の中に浮かんでいる。


 頭をふるい、小首を傾げるその仕草はやんちゃな子どもが機嫌のいいときに見せるものにそっくりで、わざとらしさがあざとく見え、ますます違和感がつのる。


 少年は彩煉の目の高さまで降下すると、くいっと背後の壁を親指でさした。


「せっかくこっちがこんなに手間暇かけて場を用意してやったのにさ、やって来たのがこんなチンケなやつらなんだもん、やんなっちゃう。

 ホラ、ぼくってあんまり我慢強いほうじゃないからさ。もう少しでこっちから出向くとこだったよ」


 などと、横柄な文句を大袈裟な身振り手振りで告げるが、どこからも隙は見出せない。


 内で鳴り響く警報に、腰に佩いてあった破魔の剣を親指でわずかに押し上げる。少年が少しでも不審な行動に出れば、いつでも鞘抜きできる状態だ。


 けれども、たしかに聞こえたに違いない、その音にも、少年は何ら警戒心を働かせているように見えなかった。


「フウーン、火炎系か。しかも結構気質も良さそうだし? やっぱり待ってた甲斐があったかな」


 いろいろな角度からジロジロながめて、独り呟いては勝手に納得している。


「ああでもやっぱ、分かんないねっ。おまえたちっていーっつもそんなしかめっツラして、力を出し惜しみしてるからさ。イマイチよく分かんないんだよねえ。

 ねぇねぇ? ホラ、こんなのどう?」


 笑いながら軽口をたたく少年が予備動作もなくいきなり繰り出したのは、言葉とは全く不似合いな、巨大な力の集積体だった。


「!」


 とっさに炎を導いて盾とし、ぶつけて防いだものの、他に類をみない早さと威力に押されてずずずと後退する。

 重い手ごたえは頭部と胸部を護った両腕からたやすく感覚を奪う。肘の辺りまできた痺れに、彩煉は目を(すが)めた。


 それだけの力を放出した主は、余裕釈々とあぐらを組んで


「上手上手」


 と、きゃっきゃ笑って手を叩いている。


 黙したまま、様子をうかがっていた彩煉に、少年はひざで頬づえをついて、身を乗り出した。


「ああ、うん。いいな。いいよ、おまえ。よけいなことしゃべらない無口なとこ。そのへつらおうとしない目つきともども気に入っちゃったな、ぼく。

 そんな、いい子ちゃんぶった顔して、おまえって本当は好戦的な性質でしょ。今も、どうしたらぼくの隙をつけるか、倒せるか、そればかり考えてる。火炎系の典型!


 あいにくさ、こいつらの餌はもう不要になっちゃったんだけど、こいつらの孵化待ってる間に、もっといいこと思いついちゃったんだよ。ぼくってほんと、賢いでしょ?

 それをおまえでためしてあげる」


 そんな、どこまでも人を食ったようなもの言いを続ける中、にい、と口元に()かれた笑みは、かつて幾度も目にしたことのあるものだった。

 命を命とも思わない、その残虐な本質を露呈するもの。どれだけ皮をかぶり、機知に富み、力をおおい隠そうとしてもこれだけは隠しきれはしない。


 予感がする。

 すぐそこまできているのだ、青い風をまとった死の使者が。

 今はもう、死闘への秒読みでしかない沈黙が、それを告げている。


 このとき、彩煉の胸をかすめたのは、通路の途中に残してきたレンの姿だった。

 この10年で、さながら咲き誇る花のようにあざやかに成長を遂げた少女。ずっと見守り続けた記憶は、彼女の面影だけで占められている。


 先の地響きで、ここへ来ようなどと思わなければいいのだけれど。


「なーにぼんやりしてるのさ! ほかのこと考えてる暇なんかないよ!

 そおらっ!」


 少年は両手を掲げ、そんなかけ声とともに彩煉に向かってふりおろした。

 受け止めて散らした下からかすめるように繰り出した炎は地を走って少年の足下から噴き上がる。それをひょいと横に避けた少年の背後、そうすると読んでいた彩煉が剣を鞘抜きするきらめきが起きた。


 居合いだ。


 間合に踏みこんだだけでなく、背を捕えている。

 距離を取って逃げようとしても、逃がさない。しかしその刃先は後ろ髪をかすめただけにとどまった。

 彩煉の予想を裏切って、一瞬早く滑りこむように下に逃れた少年は、無防備となっていた彩煉の腹部に爆発的に高めた力を撃ちこんだ。


 すべて、刹那の出来事。


「くっ……!」


 勢いに押されて壁にたたきつけられた。そのまま背中から落ちる。回転し、受け身をとって落下の衝撃をくい止めようとした瞬間、何かが頬をかすめた。

 それがはたして何であったかを悟るよりも早く、ビシ、という固い物が砕ける音がして、背後の側壁が巨大な蜘蛛の巣状のひびを張り巡らせる。


 その威力に、ぞくりと冷たいものが背筋を流れた。


「ざーんねんっ。ハズレちゃった」


 けらけらけら。宙でおかしそうに腹に手をあて、そっくり返って笑っている。


「そらそら、目を放しちゃ危ないよっ」


 指弾が連続して放たれる。その、見かけとは桁違いの威力を見抜き、彩煉は急ぎ剣を鞘抜きして間に挟んだ。

 刀身に添え手をあて、それを触媒として、導ける限りの炎を使って防御壁を張る。

 ここは地下なのだ。ましてや途中にはレンがいる。


 しかしそんなことなどお構いなしと、次々に放たれた少年の指弾は防御の炎に触れて幾つかは消え、燃え残った幾つかは左右に飛び散り、爆発して地を揺るがした。側壁にめりこんで亀裂を生じさせ、渦巻く熱気は唯一の逃げ場である入り口から吹き抜けていく。


「きゃあ!」


 ちょうど入りロの角に指をかけていたレンが、脇を抜けた火傷しそうな熱風に思わず悲鳴を上げる。

 その声を聞きつけた少年の目がそちらへと流れるのを見て。

 彩煉は大声で叫んでいた。


「逃げろ! レン! ここは崩れる!」

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