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あまやどり

作者: けものさん

 言ってしまえば簡単な話で、忘れるべき話だとも思いましたし、綴るような事でもないと思ったんです。

 だけれどどうも、アマチュア物書きでも矜持のようなものがあるのでしょうね。

 

 だからこのサイトの、「夏のホラー2025」の「水」をテーマとした小説を綴っているわけです。

 今の時間は締切最終日、2025年8月25日の22時にあたります。


 締切の丁度二時間前、逆に言えばこの段階になるまで怖くて書けなかった話になるんです。

――読まれては、マズい話もあるものですから。

 作家は素人であれ、なんであれ書きたいという欲を止められない。だから随分と悩みました。

 ですが、僕はこの『水』の話を書く選択をしてしまった。


 もしこの話が水に纏わるホラー作品になるのであれば、この後なのかもしれません。



 僕には、小説の商業デビューを目指している一人の友人がいました。背の高い痩せ型の男で、小学校からの顔なじみ。とても長い黒髪をグシャリとかきむしるのが癖で、随分と自分勝手な性格をしたやつでした。

 昔はこうではなかったのですが、小説を書き始めた頃から、スランプからか芽が出ないからか、変になっていったように思えます。

 

 長い付き合いだというのを良いことに、連絡も無しに僕の家に押しかけ、部屋に上がるや紙タバコを吹かし、クシャクシャにしたエナジードリンクの缶の中にそのタバコを押し込みながら、創作についての分かりきったような当たり前のことをさも偉そうに語り、気分良く帰っていく。その後に数日残るタバコの臭いが、いやに不快で、筆を止める事も少なくはありませんでした。


 付き合いが長くなるにつれ奇行も増え、自分勝手なその態度と、考えの合わなさに辟易はしていましたが、ともあれ自分も創作をしている仲間がいるという事自体に嫌悪感は無かったから、互いのペンネームはあえて教え合わないという約束をした上で、創作だけで繋がっている友人関係を続けていたのです。

 趣味嗜好、思想も大きく外れていたけれど、腐れ縁とでも言うのでしょうか。それとも、彼の勝手気ままな振る舞いをやんわりと許し続けた僕のせいなのでしょうか。うんざりしながらも、とりあえずその縁は続いていたのです。


 少し、前までは。


 元は互いに切磋琢磨していたのですが、ある日彼は自分のペンネームを変えて雲隠れ。彼の思想的な部分は度を越えていった結果「ペンネームを知られて、おまえにおれの作品を知られるのは良くない」などと言ったり「友人とは言え不正票があってはいけないからな」など、まさか自分が求めるわけでも、言うわけでも無い事を決めつけるものですから、やはり辟易していたのです。


――特にその奇行にも近年拍車がかかってきました。

 とある夏の日の事、先日と言えば先日の事です。

「……書を捨てよ!」

 彼は缶を握りしめて、よく聞く言葉を口にしました。

「なぁ、そうだ。旅に出ようじゃあないか!」

 わざとらしく顔を歪めているその顔は、彼がいやに興奮している時に、突拍子も無いことを言いだす時にする顔でした。著名人の言葉を取って『町へ出よう』ではなく『旅に出よう』なんて言うあたりに彼の性格が見て取れる。

 講説に興が乗ってきた頃に飛び出る暴論を語る時も、そんな顔でした。

「でも、外はこんな雨だ。傘くらいはあるにはあるけれど、旅日和なんかじゃないだろう?」

 僕は至極真っ当な事を言ったつもりでしたが、創作に取り憑かれていた彼には通用しなかったようです。何故なら彼も、また僕もこの「夏のホラー2025」に作品を投稿しようと息巻いていたのですから。

「雨だからいいんじゃないか。お前の家の傍にほら、小川があっただろ。少し行ってみようや」

 聞こえるように吐いた僕の溜息も、彼にはもうどうだって良い事なのでしょう。少し抵抗こそしてみましたが「だからお前の作品は血が通っていないんだよ」だなんて事を言われ、半ば説得されるようにして外に出ました。


 だいぶ前に買って、それっきり使う事も無かった傘を彼に渡して、もう夜も更けてきているというのに僕らは外に出ました。家の中まで聞こえていた雨音からして、雨足も強かったのですが、雨の強さよりも、夏真っ盛りの暑さに水をさした時の、むせかえるような熱気と土の匂いが印象的でした。

 数日残り続けるタバコの匂いよりかは、マシだと思ったのも記憶にあります。


 とはいえ、傘が無ければ数十秒程度で全身びしょ濡れになる悪天候、そうしてコンクリートの上も歩くのが嫌になるような悪路を、彼はグイグイと歩いて進んで行きました。

 道中で話した事の殆どは雨にかき消されてしまったように、覚えていません。ですが、大した内容では無かった事だけは確かです。なんせ大した事を聞かされた事は無かったのですから。

「なぁ、満足したか?」

 立ち入り禁止用の鉄柵の手前まで来た僕達は、そこから数秒間ぼうっと少し流れの小川の様子を見ていました。彼が何を思ったのか、僕が何を思ったのか。お互いに言わずとも、僕からすると言うまでもなくつまらなかった事だけは確かです。

 僕は少し苛立ちながらも、長年の付き合いから出る軽口と共に踵を返そうとしましたが、彼は逆に鉄柵を乗り越えて小川のすぐ手前の方まで降りていこうとしているようでした。

「おいって……! それはダメだろう」

「るせえなあ。お前は恥も何も、全部捨てちまう事だよ」

 制止する僕の声が聞こえないのか、それとも聞こえていないのか、はたまた聞こえないフリをしているのか。意味分からない言葉を残して、彼はフラフラと少し高低差のある小川と地面の際まで歩いていき、しゃがみ込みました。



 はっきり言って、表情は見えずとも、不気味でした。近年の奇行に加えて支離滅裂な言動。

 その時、僕の中でその友人は元友人になったのかもしれません。


「なぁ……! 見られたらまずいんだしさ、いい大人なんだから!」

 大声も、彼には届きません。僕はただ、もう彼の傍にいたくない。それだけの気持ちで最後の奇行に向けて制止を続けました。

 大雨の中、しかも夜中に、こんな事をしたいわけもない。だけれど小川とは言え鉄柵があるくらいの場所なのだから、事故があってはいけない。

 創作どころの話では無かったのですが、鉄柵まで戻った僕の方を振り向いた彼の顔は何やら難しそうにブツブツと呟いているように聞こえました。雨音で内容は聞き取れませんでしたが、そのうちにぐにゃりと歪な笑みを浮かべました。


 わざとらしく顔を歪めているその顔は、彼がいやに興奮している時に、突拍子もないことを言いだす時にする顔でした。

 

 突拍子もない事を、やりだす時の顔だと言う事も知りました。


 僕が彼のその狂気じみた顔から目を背けた瞬間に、僕の近くを一台の車が通りました。それに驚いた瞬間、『じやっ』という音が雨音に紛れて聞こえ、ハッと顔をあげると、もう既に、僕の視界に人はいなかったのです。彼は滑り落ちていったんでしょう。僕は思わず、馬鹿笑いしていました。彼との縁も、これきりだと、確信したのです。


「あぁ……もう、勝手にしてくれ!」

 僕は彼に聞こえるように大声で叫んでから、鉄柵に立てかけてあった傘を拾い上げ、もう体中びしょ濡れだったのにも関わらず、雨を避けて家路に付きました。僕にはあまやどりが必要だったのです。


 それから、元友人と連絡を取る事はなくなりました。一方的な拒否の言葉を残して、連絡も出来ないようにして忘れる事にしたんです。

 彼の事はニュースにもならなかったようなので、無事だったのだろうと思います。何せ、小川は雨のせいで深くなっているのを近くで見ましたし、足を滑らせて落ちた程度で、大した怪我になんてならなかった。ですがあんな日を体験してしまった手前、もう僕は彼と関わり合いにはなりたくないと思っています。


 悔しいのは、それから雨音とタバコの匂いが少しトラウマになり『夏のホラー2025』の原稿が少しも進まなかった事です。雨の中に消えていった彼を思い出す度に、強さよりも不快感が勝ってしまい、頭をかきむしり、長い髪が絡みついてきて尚の事鬱陶しい。僕は彼と同じように、いよいよ創作を辞めるかもしれない。


 ですが結局、創作にしがみついている僕はこの話を書いてしまった。

 その事に対して彼が「おれを売って、恥を捨てたらおまえにも書けただろう?」などと言いながら歪んだ笑い顔を向けているような気がして、やはり気分が悪い。

 もしくは「おれの事をネタにしやがって」と、この話を見つけた彼が、狂気じみた勢いで家に乗り込んでくるような気がして、ひたすらに怖い。

 

 夏ももうすぐ終わりに近づき、降る雨もジメジメしたものではなく、癒やしの雨と呼ばれる事も増えるようになりましたが、僕は雨が降る度にあの日の事を思い出して憂鬱になります。

 創作の事を考える度に、彼が来るのではないか、もしくは彼が来ないのではないかと、胸がムシャクシャします。件の日に使った、一本しかない傘も見るのが嫌で捨ててしまいました。


 彼との縁を供養するかのように筆を走らせてはみましたが、雨が降ってきたので、このくらいにしておこうと思います。

 トラウマとは怖いものです、こうやって筆を執ると、タバコの臭いが鼻に付いて仕方がない。

 空き缶の口に筆を突き刺して、雨音に耳を塞いでも、あの日に聞いた『じやっ』という変な音が、遠くで聞こえたような気がしました。

本作を読んで頂き、ありがとうございます。

筆が滞っており、何か書かないとと思っていた所に、夏のホラー2025の企画を見たので、初めてホラー作品の執筆に挑戦してみました。

怖いとはなんだろうって色々考えてみましたが、難しいものですね。


勿論、この話の登場人物は全て架空の人物であり、実際に起きた出来事ではありません。

『僕』『彼』も全て想像上の人物であります。元になった人間も存在しません。


感想欄に『彼』を偽ってこの作品を見つけたという投稿を演出として入れようかなと思いましたが、規約的に大丈夫なのか調べる時間もなく、盤外戦術というのも少し違うのかな?と思ったので辞めました。個人的にはそういう遊び心があるホラーを経験してきたタイプなので、出来たらやりたかったなぁ。


締め切り一時間前に一気に書いた話なので、他の参加者の方々がどのような作品を書いていて、どのようなセオリーがあるのかも良く分かってはいませんが、自分なりのホラーをアウトプットしてみた所存です。


読んでくれてありがとう、けものさんでした。

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