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【短編】異世界恋愛!

愛した人ですが、うんざりです。

作者: ぽんぽこ狸




 アリシアの婚約者を一言で言い表すなら、”愛した人”だった。


 幼いころ自らマルシオと一緒になりたいと望んで婚約をしてもらった。


 もちろん小さなころの話だ。


 難しい恋心など持っていたわけでもなく、ただ単にほかの子よりも発達が早くて大人に見えたとか、自分に良く話しかけてくれたとか、そういう些細な事から好意的に思っていただけに過ぎない。


 だからこそ、こんな結末になろうとはそのころのアリシアは露ほども思っていなかった。


「なんで許してくれないんだ」

「……」

「そうよ、マルシオがこんなに言っているのに、アリシアったらサイテー」

「そうだそうだ、いくら俺のことが好きだからってそんなことをするなら嫌いになるぞ」


 そう言う彼らが少しばかり子供じみているように感じて、アリシアは少し言葉を探して、いつもの通りの優しい笑みを浮かべて返した。


「それは悲しいけれど、つい先日、話を受けて一度考えさせてと言ったところでしょう。あまりにも結論を急ぎすぎじゃない?」

「そんなことないよ、ね、マルシオ」

「ああそうだ。待ってって言ったから待ってやっただろ。一日な!」

「そうそう、そ、れ、に。私たち早く正式に婚約したいの!」

「そうだそうだ、アンタみたいなつまらない女よりも、俺はリリアナみたいな一緒にいて楽しい子と結婚したい」


 ……その気持ちは別に否定するべきものではないと思うけれど、なににせよ、婚約破棄なんて言う大事な話、当事者だけで話し合って決める問題じゃないと思います。


 だから昨日も保留にした。


 そして彼らにはきちんとご両親に相談して、アリシアもその間に気持ちに整理をつけるからと言ったのだ。


 なのでたしかに、待ってもらっているという状況ではあるけれども、どう考えても必要な時間のはずなのだ。


 それなのに、昨日の今日でやってきて、はい一日待ちました。


 だから婚約破棄できるでしょうなんてそんな幼い子供の屁理屈みたいなことを言われても頭が痛くなってしまう。


「そういう言持ちはわかるけれど、大切な話だから両親にも本当にそれでいいのか確認をして、と私は言ったと思うけれど」

「もちろん言った、よな? リリアナ」

「うん、言ったよ! 言うだけでいいんでしょ!? なら言った」

「俺も!」


 ……言うだけでって、つまり返事をもらっていないという事?


 そうであれば話をしなさいと言った意図がきちんと伝わっていなかったという事だろう。


 それは誰のせいなのか、アリシアは何か彼らに伝わらない言い回しをしてしまったのだろうか。


「…………」


 自信満々に言う二人にアリシアは、頭を抱えたくなった。


 しかし、頭を抱えても解決策を見いだせるわけではない。


 何にせよ納得させて屋敷に帰して、こちらから彼らの両親に連絡するなり、将又、もう婚約を破棄する方向でいいと見切りをつけるか。


 ……でもそうするとしても、両親に話をしていない以上は必ず揉める。そうなったら傷つくのは彼らですし……。


 一度でも好きになった相手の事だしと考え直し、向かいのソファーに座っている二人に視線を向ける。


 彼らは目が合うとすぐに、不機嫌な声で言った。


「ねー、アリシア、ケッキョクさ、アリシアは私にマルシオを取られるのが嫌なんじゃないの?」


 リリアナがアリシアを挑発するようにそんなことを言う、その言葉にいろいろと言いたいことはある。


 しかし、真面目に結婚相手を変えるならば、そういう感情を抜きにして話をしない事には進まない。


 いろいろとやるべきことがあって、アリシアの協力も必要になってくるはずだ。


 それなのにリリアナがアリシアを挑発する意味は皆無に近いだろう。


「……たしかにマルシオとの婚約は私から申し出たこと、けれど今はそういう話よりも、必要なことがたくさんあるんじゃないのですか、リリアナ」

「あー! 話を逸らそうとしてる! 悔しいから婚約破棄したくないんでしょ!」

「でも俺はもうアンタの事なんてちっとも好きじゃないけどな」

「マルシオってばきっぱりしてて素敵」

「だろ? ただ、俺が好きだっていうアリシアの見る目だけは認めてやってるんだ」


 マルシオはそう言ってから、ちらりとアリシアに視線を向ける。その瞳で何を言って欲しいのかわかってアリシアは仕方なくお礼を口にする。


「それはありがとう、けれどあなた達が説明できないなら私が━━━━」 


 そして続けざまに話を進めようとした、しかしその言葉はさえぎられて、マルシオはアリシアのその後の言葉などどうでもいいように声を大きくして話す。


「それにアリシアはなんの面白味もない女だからな、俺がいないと他の結婚相手が見つかるか不安なんだろ! まぁ、俺が今まで優しさで婚約してやってたから安心してたんだろうが、そんなふうに俺に縋ったって惨めなだけだ」

「そうよ、そうよ! アリシアはもっと同年代とたくさん遊んだ方がいいよ、だっていつも子供とばかり遊んでて、だからあなたってつまらないのよ」

「なー、そうだよな。親に媚びたいのがまるわかりっていうか」

「いい子ちゃんって感じ、ホントそれなのに、マルシオに執着しちゃってさー」


 彼らは今度はアリシアのプライベートなことまでやり玉に挙げて、ああだこうだとアリシアの事を貶す。


 その様子に、アリシアはどうしたものかと考える。


 これから、”マナー講習会”の準備があり、突然やってきた二人と延々と話を続けている暇はないのだ。


 しかし、彼らの事を放っておけるはずもなく、アリシアは結局見切りをつけることはできずに最後まで話を聞いてやった。


 それから昨日の今日で結論も出ないし、両親にはきちんと返事をもらってくるようにと言い含めて、彼らを帰した。


 案の定、マナー講習会の時間がぎりぎりになってしまったが、そこは気力で何とかこなし、いつものように子供たちをコルレア伯爵家に迎え入れたのだった。





 子供たちの為に開いているマナー講習会は、基本的に勉強会のような体を取った集まりだ。


 主に、王都から近いデレオン公爵家の派閥やその付近の貴族の子供たちを集めて定期的に開催している。


 食事のマナーだったり、刺繡だったり、歌やダンス、そう言った物をテーマに掲げて資料を作り、楽しく同世代と交流するそういう場だ。


 もともと下の兄弟が沢山いるアリシアは子供が好きで、彼女たちに教えるようにしていると、自然とその友人たちが集まったので、いっそ正式な会にしようと考えた。


 だからこそあまり堅苦しい勉強の場というよりも、楽しく学ぶという事をコンセプトに、自由に過ごしてもらっている。


 その方がアリシアも気楽だし、子供たちも気に入ってやってきてくれる。


 今日は天気がいいので、庭園の花を愛でつつガーデンパーティのマナーを学ぶというテーマだった。


「ねぇ、アリシア様、このお花はなんていう名前なの?」


 庭園を散策している子供たちを眺めてぼんやりとしているアリシアに、講習会の参加者のブランカが声をかけた。


 年は大体十歳前後、そのぐらいの年齢の子が多く来ている。


 しかし、その問いかけにアリシアはすぐに答えることはなく、小さくため息を漏らして、物憂げにぼんやりとしている。


「アリシア様?」

「……え、ああ、ごめんなさい、なんて?」


 再度名前を呼ばれて、アリシアはやっと彼女が何かを問いかけたことに気が付いて、聞き返した。


 すると、ブランカは「もう、聞いてなかったの?」と仕方ないような顔をして再度同じテーブルに飾ってある花の事を聞いた。


 それに作ってきた資料に少し目を落して、それからいつも通りの優しい笑みを浮かべて言った。


「ごめんなさい、この花はね、ガーベラと言って今のような温かくなる時期に咲く花で、大きくきれいな花を咲かせてくれるの。花言葉は、前進や、希望といった前向きな意味が多くて贈り物にも喜ばれる花ね」

「そーなんだ。ガーベラ、可愛い名前」

「ええ、そういえばブランカ、あなたの名前と似たような花もあるのを知っている?」

「知らない」

「カサブランカと言ってユリ科の植物なんだけれど、あなたの名前と同じ同じ”白い”という意味からとられた言葉でとてもきれいな花なのよ」

「そーなんだ! 見てみたい!」

「今度、取り寄せられそうなら探してみるわ」

「やったあ!」


 笑みを浮かべて喜ぶ彼女と約束しつつ、置いてあった資料に忘れないようにメモをする。


 それから隣の女の子と、自分の名前についてお互いに話をしている彼女にアリシアは、マルシオもリリアナもこんなふうに素直だったらよかったのにとまた考えてしまう。


 講習会の最中なのにアリシアがぼんやりとしていたのは、その彼らの事が原因である。


 彼らは二人そろってアリシアと同じ年齢なのに、講習会に参加しているこの子たちよりもずっと……。


 そう考えてから、それは流石に思ってはいけない事だろうと考え直す。

 

 ……だって、一応、好きになって婚約してもらった人ですし、それにリリアナだって幼いころから知っている幼馴染みたいなものですから。


 そんな二人に、アリシアが彼らの事を……子供っぽいと思うなんてあまりに上から目線だろう。


 きっと突っ走って人の話を聞かなくなってしまっているのは恋とかが原因なんだろう。


 そう考えればまだ納得がいくかもしれない。

 

 アリシアがマルシオに恋をしたのは、それはそれは幼いころの話で、こうして思春期を迎えて大人になる時期に落ちた恋というのは、人を狂わせるらしい。


 けれどもそう考えてみても、こうなる以前からマルシオはあんな様子だった気もするし、リリアナもアリシアの話を真面目に聞いてくれていたかと言われると微妙だ。


 だからと言って彼らを仕方のない人たちだと思うのは、上から目線過ぎるしアリシアがきちんと向き合いきれていないだけかもしれない。


 だとしたらもっと時間をきちんと割いて、彼らの話をよく聞くべきだろうか。


 考え出すと思考はとめどなく、やはり元気で楽し気に庭園を散策している妹や、講習会の子供たちを見ることが何よりの癒しに感じてぼんやりしてしまう。


 すると、隣でその様子を静かに見つめていた、カミロがトントンとアリシアの腕を叩いて首をかしげて聞いてきた。


「今日は、なんだかぼうっとしていますね。アリシア」


 落ち着いた声で問いかけられて、アリシアはこの子は良く人の事を見ているなと少し驚いたような気持ちになった。


「……」


 それから、そんなことはない気にしなくていいと言わなければと思う。


 彼らはアリシアの趣味に付き合ってくれて、楽しく過ごすためにここにきている。それなのにアリシアが相談事をするようなことはあってはならないだろう。


 そう思うけれども、ほかには誰も今は質問をしたい子もいない様子だし、何より問いかけてきたのはカミロだ。


 彼は、デレオン公爵家の跡取りで……デレオン公爵家はとても厳格な家として名をはせている。


 そこの跡取りともなるとても聡明で、この集まりにも参加させることをデレオン公爵は少し渋っていた。


 けれどもカミロたっての希望があり参加している。


 きちんとした家庭教師がいて、最上級の教育を受けていてアリシアのマナー講習など必要ないのは事実だが、アリシアが考えるに息抜きの為にこの場所が必要だったのではないかと思うのだ。


 なので学ぶというよりも交流に重きを置いている。


 そんな彼だ、少しぐらいなら今日こうしてぼんやりしている理由を話したところで、退屈だとは感じないだろう。


「……実は……少しだけ困ったことがあって、それが気になってしまって集中できていないんです」

「困った事?」


 アリシアがおずおずと切り出すと彼は、続きを促すようにして聞き返した。


「私の幼いころからの婚約者に恋人ができて、私との婚約を取りやめたいらしいの」

「それは大変ですね。アリシアの年齢だと結婚はまだ先だったとしても、家同士の関係もありますし」

「ええ、そう。それに相手は跡取りだったからご挨拶も済ませているし、お義母さまになる人との兼ね合いもあるし、あちらの領地に顔を出したり色々していたのだけど、あまりにも突然のことで親にもまだ言っていないらしいです」

「では婚約者のお相手は、第二夫人にするのはどうでしょう」

「それは、私も提案したけれど、何というか……うん。二人はもうすっかり結婚するつもりみたいで私の言葉をあまり聞いてくれないのよ」

「だからと言って、君を第二夫人にするのはありえませんよね、酷く不義理ですし」

「不義理……そうですね」


 彼の言葉に、うんうんと頷きながらも難しい言葉を使うなぁとアリシアは感心してしまう。


 まるで大人と話をしているようだった。


 それに当の本人たちよりもよっぽど事の重要性を理解しているように思う。


 しかし、軽くなでるように話をするつもりだったのに、ついつい深い話までしてしまった。ここらで切り上げて何か流行のお菓子の話でもしようかとアリシアは考える。


「なら、二人は駆け落ちでもするつもりですか。そうでなければ両親も許さないでしょう?」


 そう考えたが、カミロはさらに首をかしげて聞いてくる。割とこの話に興味を持っているようだった。


「……そういうわけではないと思う。私に認めて欲しいと言って婚約破棄を迫ってくるのですから」

「じゃあ、きちんとした謝罪は受けましたか? アリシアが納得できるような謝罪をして、君に協力をしてもらおうとしているのかもしれません」

「…………謝罪?」


 カミロに言われてそういえばそんなものはまったくもって一切なかったな、とアリシアは怪訝な表情になった。


 まるで謝罪の意味を分かっていないような発言になってしまったが、それにカミロは少しくすっと笑って「そんなに妙な謝罪だったんですか?」と聞いてくる。


 たしかに謝罪はあってしかるべきだし、むしろ馬鹿にしたような言葉をさんざん言われたような気がする。


 悔しいのだろうとか、婚約破棄を認めないのはアリシアがマルシオに未練があるからだとか。


 見当違いの事で貶されていた気がする。


「謝罪はされていませんね」

「では、慰謝料や、気持ちで何かを渡されたり」

「……していませんね」

「何かのっぴきならない事情があると説明されたり」

「していませんね……」

「じゃあ、どういうふうに婚約破棄の話をされたんですか?」


 彼が思いつく限りの可能性を提案してくるが、そのどれもが当てはまることなく、最終的にその時の話を聞いてくる。


 ここまで来て彼らの様子をはぐらかすのは、カミロに対して失礼だろうと思い、アリシアは少しだけ言葉をマイルドにしつつ、あまり詳細にしないように心掛けて当時の話を彼にした。


 周りの子供たちは自由に遊んでいて陽気のいい昼下がりだ。


 それなのにこんな楽しくもない話を彼にするのは申し訳なかったが、それでも真剣に聞いてくれるカミロはとてもいい子だと思ったのだった。



「ということは、マルシオとリリアナは君が婚約破棄を渋っている理由を勝手に嫉妬だと決めつけて、両親に相談もせずに、ただひたすらに婚約破棄を迫ってきているという事ですか?」


 カミロは簡潔にまとめて先日の出来事を言い表した。


 しかしそれでは、まるで彼らが酷く幼稚で横暴なことをしているみたいに思えてしまう。


「……うーん、そうだと言い切ってしまうのは何か心が痛むけれど……」

「なにか私は解釈間違いをしてしまいましたか? 君の婚約者とその浮気相手は横暴じゃないんですか?」

「……うーん」

「アリシアは、そんな横暴をされたから思い悩んでいるのではないですか?」


 彼は子供っぽく疑問に思うことを次から次に聞いてきて、大人な側面も子供の側面もある姿が普段なら微笑ましいと思うのだが、今ばかりはその子供っぽい素直さがアリシアを追い詰めていた。


「……」


 自ら婚約を申し込んだ人だからと考えないようにしていたが、普通に考えたらカミロのように思うのが当たり前のことだ。


 それをアリシアが気にしないで彼らに対して、両親に突然の行動を怒られないようにと助言をして、助ける方向に動いているというのは違和感のある行為かもしれない。


「……もしかして私は、あの人たちの事を想いやる必要はない……?」

「そう、思いますよ。むしろ怒って当たり前だと思いますし」


 カミロは、目の前に置かれているケーキを口に運んで、丁寧な所作で紅茶を飲み、それから少し唇をなめてから笑みを浮かべる。


 ……怒って当たり前、つまり怒るというのは…………。


 怒鳴ったり、暴れたり叩いたりして意思表示をするという事だろうか。


 アリシアはあまりそれが得意ではない。思い出せる限りでそれをやったことがないのだ。


 なんせこの家の長女で、下には小さな妹や弟、彼女たちにそんなことをしては長女の名折れだ。


「怒ったりは……できないですよ。それに必要以上に傷つけてしまうかもしれないし」

「……」

「彼らとは長い付き合いがあるから、そのせいで距離感が近くて普通の人から見たら怒るようなことをしていても、私からすると普通の事で……」

「……」

「だからそのスタンスをいきなり変えて怒ったら、彼らだって混乱するはず、そういう矛盾は良くないと思うから」


 そうしなくてもいい理由を並べ立てる。しかしその言い訳はなんだかうじうじとしていて優しさよりも意気地なしな印象だ。


 分かっていてもアリシアは昔から大体こうで、そういうのを自分らしいとすら思っている。


 しかし、アリシアのそんな言葉を最後まで聞いてカミロはアリシアの事を下から見つめる。


 その瞳の何というか、眼力みたいなものが少し怖くてアリシアは口を閉ざして彼に問いかけるように首を傾げた。


「……アリシアは、まるで子供でも相手にしているみたいなことを言いますね。私たちと同じような年齢の人ではなく、君と同じ年齢の人の話をしているんでしょう」

「……う、うん」

「そして現にアリシアだって、心にしこりが残って腑に落ちない気持ちがあるんじゃないですか」

「それは……あるけれど」

「なら、ぶつけないとスッキリしません。前から思ってましたけどアリシアは怒らない、それは悪い事じゃないけれど、いいことでもないって父から教わりました」


 彼の父というと公爵閣下だ。


「相手を思いやっている優しい人みたいなふりをして、新しい知見を与えることなく放置しようとしているだけだと。労力を割かないようにしてどうでもいいような対応をしているだけだとも」

「そんなつもりは……」


 ないと言い切ろうとして、本当にそうだろうかと思う。


 アリシアだって怒られずに生きてきたわけではない。悪い事をしたらそれを怒って駄目なことだと教えてくれる人がいた。


 だからきちんと生活を送れている。


「まぁ、ですから、別に怒らなくてもいいとも言えますよ。だって怒るのは、疲れますしそうして怒ってあげるのは、治してこれからも仲良くしたいと思っているからです。アリシアがそう思わないのは必然です」

「……」

「思いやる必要がないと先程言っていたじゃないですか。そういう事ですね」


 最後にそう付け加えたカミロに、彼はどこまで考えてアリシアにこういう話をしているのだろうかと少し怖くなる。


 そんな言い方をされてしまえば、アリシアは怒らない事が彼らにとって不利益になることがわかる。


 長年の付き合いがあって最後になるとしても、こんな時も怒ってあげない関係性だったかと言われると答えは否だろう。


 しかし、人好きのアリシアが思う事を想定して最後の言葉を付け加えたとしたら、カミロは賢い子とか聡い子とかではなくそれ以上のものだ。


 ただ、それは今言及するべき部分ではない。彼の口車に乗るような形になるけれどもアリシアは「そうね」とつぶやいた。


「けれど、彼らとはとても長い付き合いだから、最後に怒って別れるぐらいはしようかなと思います」

「アリシアは優しいですね。いい事です」

「でも怒るって何をしたらいい? どんなふうに悪いことだって伝えるのが正解?」


 もはやアリシアは、相談というよりも、彼に教えを乞うているような気分になっていて、五歳以上年下の彼に聞いてしまった。


 しかしカミロもなんの躊躇もなく答える。


「安心させなければいいんです。笑みを浮かべない、アリシアはいつもとてもやさしそうな笑みを浮かべていますから、笑えるような状況ではないと示すそれだけでいいでしょう」


 言われてアリシアは自分の頬に触れてみる。


 たしかにいつも笑っている。これは癖みたいなものだろう。


 けれど笑みを浮かべないだけで怒った事になるのなら、そのぐらいなら出来そうだという気持ちになる。


「そうして言ってあげればいいんです。君たちの恋愛は不義理で不道徳で、下世話で酷く醜いものだって。アリシアにとっては許しがたい悪行で、もう二度と顔を見たくないほどに、うんざりしているって」


 カミロは続けてアリシアにそう助言する。


 しかし、そのすらすらと出てくる言葉はアリシアの語録には無い言葉で驚いた。


 汚い言葉ではないけれど強い言葉だ、それをそんなにすらすらと。


 まさかそんな話をカミロにする人が近くにいるのだろうか。それともどこかの本にそんな言葉が載っていたのだろうか。


「もっと言ってもいいぐらいですけど、アリシアが言っておかしくないのはこのぐらいですかね。私なら、もっと……たくさん、酷い事を言うかもしれません」

「…………そんなことは考えもしなくていいんですよ。カミロ」


 いつもと変わらない調子でそんなふうに言う彼に、アリシアはそっとそばによって体を抱き寄せる。


「あなたはいい子で、まだまだ幼いのだから楽しい事と優しいものごとの中だけで、遊んだり勉強をしたりしていればいいの。私の為に怒ってくれてありがとう」


 平常時と変わらない様子でも、少なくとも怒りが湧いたからそういう事を言ったのだろう。


 アリシアの話を聞いて怒ってくれるなんて彼はとても、思いやりがあっていい子である。


 アリシアはそれだけが事実であればいいと思う。


 アリシアに抱きしめられると、カミロは驚いてしばらくアリシアの事を見つめていた。


 カミロにとってこういう些細なスキンシップはとても珍しい事で、それにこんなことを言ってくるのはアリシアだけだった。


 幼いころから現実を見て、誰にも甘えることなく無情な選択を出来る大人になるためにカミロは多くの教育を受けている。


 それを真っ向から否定する彼女の考えは珍しくて同時に、少しうれしい。子ども扱いはとても甘美なものに思える。


 だからこそ普通の子供らしく彼女の背に手を回してぎゅっと抱き返す。


「カミロは優しいいい子ね、私、あなたの事大好きよ」

「…………」


 アリシアのこの言葉が誰にでも向けられている博愛にも似た感情なのだと知っている。


 けれども、丁度良い事を聞いた。


 アリシアの婚約は近いうちに破棄される。ならば彼女の愛情を自分だけに向けさせることができるかもしれない。


「……私もアリシアが大好きです。……婚約破棄の話、父にも伝えておきますね」

「? ……ええそうね、新しい人を急いで探さないといけないから」


 アリシアは、カミロの言葉になぜ突然、公爵にそのことを伝える話になったのだろうと疑問に思った。


 けれどもすぐに、納得する。


 デレオン公爵家の伝手を少し使わせてもらうだけで、すぐに新しい結婚相手が見つかるだろう。時間をかけて婚活をするよりも、その方が手っ取り早くて、この講習会をする時間が取れる。


 だからそうするのだとアリシアは気楽に考えた。


 それに今は、今後の事より、目の前の事の方が重要だ。


 マルシオとリリアナに会って、きちんとしなければならない。どんなふうに伝えようかと思考を巡らせたのだった。






 数日後、彼らを呼び出して時間を取ってもらった。


 丸一日、彼らと過ごせるように万全の準備をしてコルレア伯爵家の談話室に三人でソファーに腰かけた。


「やっと婚約破棄する気になったの? アリシアってば本当にトロいんだから」

「それで、何からすればいいんだ? 書類関係はアンタが預かってただろ?」


 彼らはそれぞれソファーに腰かけて、適当にソファーに沈み込んでいたり肘掛けに頬杖を付いていたりする。


 そして二人とは対照的にアリシアはきっちりと背筋を伸ばして彼らに向き合っていた。


「そうそう、話を纏めたら俺たち旅行に行きたいんだ、南の海がある方! あそこは年中温かいだろ? その手配もしてくれよ、一緒に連れて行ってやるから」

「もう私、今から楽しみ! ……って、呼び出したくせになんで黙ってんの?」


 楽し気に会話をしている彼らに、アリシアは、怒る、という事をきちんと心に決めて、短く息を吐きだした。


 そして思わないようにすらしていた、細かくて小うるさい指摘を口に出す。


「……話があると言ったはず、それなのにまず、その態度は何ですか? きちんと座って向き合ってください」

「え? なに急に」

「なんでそんな子供みたいなこと言われてやらなきゃならないんだよ」


 先ほどと同様に侮ったような声音で聞いてくる二人に、アリシアは笑みを浮かべずに、普段は言わない事を言う。


「子供みたいに、あなた達がだらしないから言われているんでしょう。むしろ子供でもそのぐらいのことはできます」

「え? え? ほんとに何、急に」

「は? アンタ相手になんでそんなことしなきゃなんねーの」


 リリアナは混乱したような声をあげて、マルシオは反抗的に言った。その発言すらもなんだか幼くて、アリシアは短くため息をついた。


「しっかりと話をしたいから、そういう姿勢を取ってほしいと言っているの。もちろんなんの用件もないような時なら私だって気にしない、でも今は違うでしょう」

「違わないし」

「そういう、自らの間違いを認めたくないからと言って口から出まかせのように否定するのもやめた方がいいですね。酷く幼く見えるから」

「は? 俺は間違ってないだろ、アンタと話すことなんて俺はこれっぽちも重要じゃない!」

「なら、婚約破棄するかしないかなどどうでもいいことですね。このまま婚約は継続しましょう。私はそれで構わない」

「はぁ? アンタ俺たちの話聞いてなかったのかよ! 俺はアンタがいくら俺を好きでも結婚してやる気はないぞ」

「してやる気がなくても、結婚は決められた相手とする、それがルールでしょう」

「だからそれは、お父さまやお母さまに言って、変えてもらえば……」

「自分で言って変えてもらえるならば初めからそうしているんじゃない?」

「……」


 強気に出たマルシオに、アリシアは丁寧にゆっくりと喋る。


 彼はアリシアに頼みごとをする立場なのだと今更思い出した様子で、微妙な顔をする。


 けれどもソファーの背もたれに体を預けてふんぞり返っているのを変えようとはしない。


「できないから私に頼んでいる。そうですね。ならまずはきちんとお願いしてもらう所から始めましょう。マルシオ、リリアナ、あなた達はどうしたくて、私に何を求めているのですか?」


 彼らの表情を交互に見つつ、静かに続けた。


「きちんと座って大人同士の話し合いをしましょう。それが出来るようになるまであなた達の話は一切、聞かない。今までのあなた達の態度には私はもう、いい加減、うんざりしていた」


 彼らはアリシアが言えば言うほどバツが悪そうな顔になっていく。


 アリシアはカミロが言った言葉の中で、一番自分の中でしっくり来る強すぎない言葉を言って、彼らを静かに冷めた目線で見つめた。


「友人としてそれでもいいかと流してきたけれど、ここからは一貴族として話し合うべきです。それが出来るまで、私は婚約破棄を認めません、わかった?」

「……」

「……」


 彼らは無言で嫌そうな顔をしている。


 もちろん時間はかかるだろう、しかしどこまでも付き合うつもりだ。なんせ怒ってやることも、思いやりの一つらしいから。


 一時間でも二時間でも、一日でも一週間でも。


 アリシアはいつまでだって、わかるまで労力をかけてあげられる。


 アリシアは子供を毎週集めて講習会を開くほどに、有り余るほどの人が好きなのだ。


 そんなアリシアの説教は夜遅くまで続き、頭を下げて彼らがお願いしたところでやっと婚約破棄の話が始まった。


 けれども彼らのこれからにたいしての見通しの甘さについても色々と言うべきところがある。


 なのでまた来週。


 丸一日、今度はこれからの事について話があるというと、彼らはがっくりと項垂れて帰っていったのだった。







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