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第八話

ストレスで最近食べ過ぎた。運動もしていないから、腹が出て来たかな。まだ高校生なのにな。

なんかきもちわりぃ。

トイレに行くと、食べたものが全部出た。

胃腸炎だったのかもしれないが、その日は食べても食べても吐いてしまった。

体重計に乗ると、以前あった体重より減っていた。最近、体重が増えていることを気にしていたから、ラッキー。そんな気分だ。

2,3日胃腸炎は続いた。すると、ダイエットしたわけでもないのに、出ていた腹はへこんでいた。


気分転換に真新しいエレキギターを手に取り、奏でる。

なんか楽しいな。

ロックバンドのミュージシャンは腹が出ていたらカッコ悪いよな。


そんな日々、幼馴染と会話をする機会はめっきり減っていた。

新しい毎日が忙しかったのかもしれないし、仲のいい友達のグループが変化したのもあるかもしれない。

俺の瞳に映っていたのは真新しいギターだった。


順調な日々が過ぎる。


1週間後、やけ食いしてしまった。ヤバイ。深夜のポテチ、炭酸飲料は結構まずいな。

ふと、指を手に入れると吐くことができるという知識を思い出す。

試しにやってみた。

きもちわりぃ。

出してしまえばゼロになる。

案の定、食べたものはなかったことになった。

つまり、体重は維持できる。


そんな生活が続いていると、体重がどんどん激減していた。

指を入れなくても吐けるようになっていたから、学校で昼食は食べないようにしていた。

食べなくても困らない。腹は減らない。

いい感じの体型じゃないか。


青い髪の毛が布団にたくさん落ちていた。

高校生なのに抜け毛?

ちょっと薄くなってる。ヤバイじゃん。

やっぱり、皮膚科かな。一応薬をもらいにいく。

医師によると、栄養失調やストレスで抜けることがあるらしい。

心療内科クリニックを紹介された。

「10代は悩みの多い思春期だ。だからこそ、ここにいってみなさい」


なんか、壁があるよな。行く意味あるのかな。

でも、俺、毎日吐いてるって普通じゃないよな。でも、誰にもそのことは言えないでいた。

心療内科クリニックの紙を机にしまい、なかったことにする。

音楽に打ち込む。最近、ベルトがだいぶゆるくなった。

ボクシングでも減量経験があったから、そんなに違和感はなかったんだ。


髪の毛は相変わらず抜けていた。

これじゃあ、青い空、青い海じゃない。

砂漠になっちまう。

しばらくの間しまっていたクリニックの紹介の紙を手に取り、訪問してみる。

行く途中で思わず吐いてしまう。まずい、めぐみに見られてしまった。


医師は落ち着いた白髪の男性だった。

「君、短期間にだいぶ体重が落ちたと書いてあるね。ちゃんと食べてるのかな?」

「はい」

「吐いてるのかな」

「……」

「栄養が足りないと髪の毛も抜けるんだよ。君のお薬手帳には抜け毛の薬が処方されているね。まずは栄養補給だ。点滴をしていきなさい。病名は摂食障害だね」

「何すか? その病気。体重が増えると、困るんですけど」

「これを読んでみなさい。君は充分痩せている。点滴程度で太らないよ」

そのまま、パンフレットを読む。なんだか、保健の授業できいたことがあるかも。

しばらく点滴をする。点滴の時間は虚無感しかない。つまんないな。


ふと、めぐみのことがよぎる。なんでだろう。

クリニックの空はやっぱり青い。青が好きだ。


今度、めぐみに話しかけてみよう。

やっぱり昔から知っている者同士、話してみたいな。

もし、明日が来ないなら、めぐみとしゃべりたいな。

時々点滴に来ると病室の中はとても暇だった。そんなときに、めぐみが浮かぶ。


もう一度ちゃんと話したいな。

明日、俺がいなくなっても、空を見てほしいって言いたいな。

青い色の髪なんて校内でも俺くらいだからな。

それを見たらきっとすぐ思い出してくれるよな。


一か月後のライブの時は、熱気が飛び散る。

初心者だけど、めちゃくちゃ練習したから、結構いい感じに仕上がった。

仲間との連帯感も生まれた。

やっぱり軽音部は別世界。そんな場所にいるんだ。


俺は相変わらず遅刻早退も多く、問題児の象徴である青い髪をしていた。

ネクタイもせず、いつもワイシャツの第一ボタンをはずしていた。

どうして、そうなってしまったのか言葉では説明できない。

音楽はみんなを熱狂させられる力を持っている。

音楽はみんなをつなげる役割を果たす。


やっぱり音楽が好きなんだ。


しばらくの間、何度かめぐみに話しかけようかと思ったが、実行できずにいた。


ライブからだいぶ時間が経っていた。話しかけてみる。

ライブに来てくれていたことは知っていた。

話しかけることに躊躇する。めぐみは俺のことを嫌っていないのだろうか。

堅実で真面目なめぐみは俺を軽蔑していないだろうか。


「よう」


話しかけるのはいつぶりだろうか。


「よく、小さい頃、この河原で遊んだよな」

「そうだね」

「今度またライブするから、来いよ。この前来てくれただろ」

「気づいてたの?」

「もちろん」

めぐみをライブ中に探していたなんていえない。

俺のことなんてめぐみの瞳の端っこにも入っていないと思っていた。

ちゃんと俺の姿は映っていたんだな。

「ちょっと最近、つやのあるリップに変えただろ」

「気づいてたの?」

「あたりめーだよ」


俺は小石を河原に投げる。

「ボクシング辞めてさ、無気力になった時期もあったんだ。手術もして大変だった。でも、今音楽でみんなとつながってる」

「私は何も変わってないよ。中学の時から相変わらずだよね」

「それでいいと思う。俺は大切なものは変わらないでほしい派だから。出身の小学校とかこの河原とかこの街とか」


大切なもの……

意味深発言だったかな。

俺と彼女は別世界の人間だ。


「別世界の人間だなって遠くから眺めてただけだよ。もう、口きいてくれないかと思ってた」

「一時期はヤケになってたけど、最近は新しい趣味も出来たし、落ち着いたよ。俺、実は病気になっちまって、体重が激減したんだ。毛身の毛も最近結構抜けるからヤバイヤバイ。皮膚科でクスリもらったレベル」

「大丈夫なの?」

「治ってる人もいるらしいから大丈夫だと思うけどな。めっちゃ食べてるんだけどな」

「そんなに食べてるのにこの痩せ方? 私なんてちょっと食べただけで太るのに」

「食べても太らない病気らしい」

また小石が水面をステップする。


「俺、お前と幼馴染で良かったって思う。話してるとなんか安心するしさ」

「そーいえば、彼女は?」

「実は、入院先の病院で知り合った人の紹介の女の子でさ。告白されたんだけど、自然消滅。高校違うし、自宅も遠いし、性格もよく知らない。そんな人と一緒いてもつまんないし。接点がなさすぎなんだよな」

「痩せているコージを見ると心が痛い。私にできることがあったら言ってよ」

「んじゃあ、俺のことをずっと忘れないこと。青い空を見たら青い髪の毛を思い出してよ」

「何それ、お別れみたいじゃん」

「別に。ただ、言っただけだよ。もし、進学しても就職しても県外に行っても、ずっと忘れないでほしいってことだよ」

「大丈夫。ずっと忘れないよ」


二人の視線が交じり合う。恋の始まりみたいなふわっとした感じがよぎる。

彼女の瞳の中に俺がいて、彼女の瞳の中に俺がいる。

幸せな時間がゆっくり過ぎる。

別世界の人間じゃなかった。

彼女は俺と同じ時間を生きているんだ。

手と手を重ねて河原で夕陽を浴びる時間は多分――生涯忘れられない時間となるだろう。



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