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「殿下!!」
俺の部屋に聞きなれた従者の声が響き渡る。
「うるさい」
椅子に座りながら俺はハリーの方を向いた。
幼い時からずっとハリーが側にいた。一緒に育った兄弟のような関係だ。
背丈もあり、顔も整っている。女性からの人気もかなりあるのに、当の本人は全く女性に興味ない。
ただ俺に仕えることだけしか見えていない。
ハリーの方が年齢は二つ上だ。彼は今年でニ十歳。そろそろ結婚相手を俺が探してやろう。
俺が呑気にあくびをしていると、ハリーは俺に鋭い視線を向けてくる。
「なんだ?」
「殿下は危機感がなさすぎです」
「何がだ?」
「……私に黙ってデニッシュ・クロワッサンに会いに行ったでしょう」
「ちゃんと護衛をつけたからいいじゃないか」
「そういう問題じゃないです」
ハリーは俺が独断で行動するといつも頭を抱えている。
「お前がデニッシュ・クロワッサンは害のない人物だと教えてくれたんだろ?」
「そうですけど……。それと殿下がわざわざ彼女を迎えに行くのとでは話が違います。未曽有の出来事です」
「まぁ、そう怒るなって、結構面白かったぞ?」
俺がそう言うと、ハリーはますます顔を歪めた。
素性の分からない平民に近付くのは確かに俺も悪かったと少し反省している。
ただ、好奇心に負けてしまった。王子という立場は窮屈だ。
生まれた環境を恨んだことはない。とても恵まれていると思う。アシュ国の第一王子であることは光栄なことだ。
……ただ、たまに少しだけそれが息苦しくなる。
責任や立場の重荷に潰されそうになってしまう。……そう考えると、デニッシュ・クロワッサンの貴族になどなりたくないと言った気持ちも分かる。
ただ、それは「一度貴族を経験したことのある者」の発言だ。
「彼女の情報は?」
俺がそう言うと、ハリーは姿勢を整えて口を開いた。
「デニッシュ・クロワッサン、年齢は十六歳。孤児だったそうで、六歳から十歳まで教会で育っています。十歳からは里子に出されていますが、二か月後に一人暮らしをしています。ただ、前科もないですし、町での暮らしで悪目立ちもしていません。良い評判も悪い評判もない。容姿も学力も極普通。……というか、驚くほどに平均的です。得手不得手がないが、飛びぬけた才能もない。……変な名前ってことぐらいですかね」
「どう思う?」
俺がそう聞くと、ハリーは少し間を置いた後、声を発した。
「平凡な少女、と片付けるには気になるところが多いですね」