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ロイヤルチェンジ  作者: 大木戸 いずみ


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「デニーは貴族になったんだね」

 

 ライルの柔らかな口調に彼はこんな風に話す人だったかと少し違和感を抱きながら、「ロイヤルチェンジでね」と付け足した。

 ……ライルは私に対しては優しかったが、もっと荒んだ表情をしていたし、棘のある口調だった。

 あの場所なんかで年月を経たら、更に酷くなるに違いない。……それなのに、どうしてこんなにも丸くなっているのだろう。


「あの教会で、俺はデニーにずっと救われてきたから。だから、嫌いになったりなんて一度もしたことないよ」

「…………ライル、なんか気持ち悪い」

「え」

 

 ライルは目を丸くして私を見つめた。

 殺伐とした雰囲気がないことは良いことなのだろうけど、私の知っているライルではない気がした。


「あの教会で過ごしていた時のライルは敵意と嫌悪感で満ち溢れていたのに」

「人は腐り切ったら、全ての感情を失うんだよ」


 ライルの言っていることが分かるようで分からなかった。

 プラスの感情もマイナスの感情も全てないのだろうか。…………そこまで追い込んだ教会、そしてもっと早くに彼を救わなかった私に非がある。


「…………ずっと、デニーが来るのを待っていた。待ち続けていた。……信じてたよ、来ることは。それしか希望がなかったからね。けど、それと同時にあのクソ神父は俺をずっと甚振り続けた。……そして、ある日、なんの感情も湧かなくなったんだ。デニーには感謝しているし、とても好きだよ。けど、デニーが迎えに来てくれた時、『ようやくこの日が来た』って思っただけで、喜びも嬉しさも特になかった。…………俺は、大きく感情を揺さぶられることなどこれから先ないのだと思う」


 ライルの目にはまだ光が微かに残っている。……けど、それは分かるのに、私はその小さな灯をどうすることもできない。

 私が何かしたところで、その光がこれ以上大きくなることはない。

 どこかで私は自分の力を過信していた節がある。ライルがどんな状態であっても、私なら心身を助けることができるだろう、と。

 だが、体は治すことができても……。傷つくことを恐れなくなり、感情を失った者を元に戻すことは難しい。

 負の感情を強く持っている者の方が扱いやすい。


「デニー、そんな難しい顔をしないで。俺はデニーの傍にいるよ」


 その言葉が鋭く私の心に刺さった。

 ライルは私しか頼る場所がないのだ。……自由を与えても、彼は自由の使い方を知らないのだろう。


「解放されても、迷ったままなのね」

 

 私は彼を見つめながらそう言った。

 ライルは私の言った意味が分からなかったのか、不思議そうに私を見つめている。

 子どもの時に教わるはずの人としての「当たり前」を教会の子たちは知らない。虐げられてることが習慣化し、それが日常であり、人生だったのだから。


「ライル、私の役目は貴方に人生の築き上げ方を教えることよ」


 私ははっきりとした口調でそう言った。

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