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「いえ。……覚えていますか? デニッシュ様が『信用しろ』と私に仰ったのですよ。私はあの日から、デニッシュ様を敵として疑ったことなど一度もありません」
その言葉を聞いて、私には強い味方がいるのだと実感した。
……アンバーの言葉に嘘は感じられない。本心だろう。
リヴァ、良い侍女を私に与えてくれたね。貴族の世界なんて絶対にもう一度踏み込むものかと思っていたけれど、良いこともあるものだ。
「頼もしいね」
私がそう言うと、アンバーは「光栄です」と軽くお辞儀をする。
彼女は頭を上げたのと同時にジトッと目を細くして見る。
「それにしても見事な変装ですね。今まで目立たずに民衆の中に溶け込んでいたなんて……。王家に仕えて長く経ちますが、デニッシュ様ほどの美女を見たことがありません。どれだけ着飾った令嬢方でもデニッシュ様の本当の姿を目の前にすると見劣りします。それに、隠し切れないその気品と威厳、聡明さ、更にあの剣の腕前。……デニッシュ様は一体……、いえ、詮索はやめておきますね」
「賢明な判断ね」
アンバーなら私の正体が知っても隠し通してくれるだろうけれど、今はあまりリスクを増やすべきではない。
もう既にセスに正体を知られてしまっている。
「王子は未だに私が一体何者か詮索しているのでしょうけど」
私がそう言うと、アンバーは苦笑した。
「王家はロイヤルチェンジが何者であるか隅々まで知りたがるので」
「……どうして私が選ばれたのかしら。…………本当にランダムで選ばれていると思う?」
「ランダムに選ばれているとは思いますが、疑っているのですか?」
「いや、別に……。こんなにも多くの国民から私が選ばれるなんて皮肉な人生だと思って」
「デニッシュ様は最初から貴族に対してあまり良い感情を持っていらっしゃいませんね」
「富と権力は人をダメにするからね~~」
私はそう言いながら、ストレッチをし始めた。
やはり、いきなり体を動かしたせいか、節々が痛い。ちゃんとストレッチをしておかないと、明日に響きそうだ。
アンバーが私を見る目が、貴族を知っているような口ぶりですね、と言いたげだった。
ええ、知っているとも。隅々まで知っている。
善良な貴族も、腐りきった貴族も、嫌というほど関わってきた。
「アンバーはどう思うの?」
ふと、侍女の意見を聞きたくなった。
彼女たちの立場から貴族はどう見えているのだろう。
アンバーは私の質問に少し間を置いてから、口を開いた。
「貴族の方々は私たちよりも賢き者だと思います」
「……高い教育を受けた者でも、無学な者よりも愚かだったりする」
私は静かな声でそう発した。




