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ずっとデニッシュ・クロワッサンとして徹底的に生きてきたけれど、それが保てなくなるぐらいセスは強敵だった。
ここからが本番よ。
私は自分の全てをぶつけて彼に戦いを挑む。その覚悟でセスを見据えた。
「…………貴女は」
私を見つめながら、口を開いた。その声は微かに震えていた。
「今日も頑張るか~~!」
「また鬼の訓練が始まるぞ~」
「団長の訓練メニューマジで地獄だからな」
「……そういえば、今日からロイヤルチェンジの女が訓練場にやってくるんじゃないか?」
「ああ、デニッシュ・クロワッサンだっけ」
「馬鹿、もうデニッシュ・ワッグ様だぞ。敬語で喋らなきゃなんねえんだ」
「この訓練場に足を踏み入れるなんて、本当に俺らも舐められたものだよな」
日が昇り、訓練場へと集まる騎士たちの姿が見えてきた。
……まずい、皆が来ちゃった。
私が彼らの方へと視線を向けたのと同時に、何か布が私の顔に覆いかぶさった。
わぁ、良い匂い~~。
じゃなくて、どういう状況!?
セスが近くに立っているのが分かった。そして、セスの服に私は今覆われている。汗の匂いなど一つもしない。石鹸の凄く良い香りがした。
これはずるいでしょ、団長。女の子が惚れるしかないような要素を詰め込んでいる男だ。
「団員たちにバレると面倒なので少し我慢してください」
彼がそう言ったのと同時に、私の体は地面から浮いた。
「へ?」
思わず声が漏れる。
セスに軽々と持ち上げられている。彼に担がれて私はセスの方に乗っている。まるで荷物を運ぶかのように持ってくれるじゃないの。
「あ、団長! おはようございます!!」
「おはよう」
「えっと、それは……」
「デニッシュ令嬢だ。朝からの訓練で少し無理をしたから休ませてくる」
「承知しました」
部下と上司の会話。
セスの服のおかげで私の姿が見事に隠されている。
「マイク、朝の訓練内容はいつもと同じだ。後は頼んだ」
「はい!!」
少し離れたところで覇気ある返事が聞こえてくる。
昨日のサリバン家の子息か……。
「まさかちゃんと朝練に来るとは思わなかったが、ここの訓練についてこれるわけがないんだよ」
「これでもう懲りただろう」
「俺たちをなめるから倒れるんだ。女に……、ましてや平民に、いや、いきなり権力を持った馬鹿者に訓練場を荒らされてたまるか」
…………怒っている。
私が生半可な気持ちで訓練をしたいと申し出たと思っているのだろう。
騎士の皆の怒りを買うのは当たり前だ。彼らは公爵家の者となった私の願いを拒否するわけにはいかない。
「見事な敵意だね」
私はセスの肩の上で小さく呟いた。
「あんな敵意、アメリア様からしたらなんてことないでしょう」
まるで私を知っているかのような口ぶりでセスは言った。
…………………………待って、アメリア様!?!????




