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もちろん知らない。
「そんなにきついの?」
私の質問にマイクは呆気に取られていた。コホンッと咳払いして「失礼しました」と先にタメ語で話してしまったことを謝罪した。
「ここの騎士団はこの国で最も優秀な者たちが集まっております。王家が持つ騎士団よりも強いと私は思っております。それだけ兵力を育てるということは……」
「私なんかじゃ耐えれるわけないってことね」
言葉を濁したマイクの代わりに私が答える。
……来たのがワッグ家で良かった。私は心の底からそう思った。
私はセスへに声を掛ける。
「ねぇ団長」
「セスでいいですよ」
「どれだけ厳しくしてくれても構わないよ」
「……後悔しますよ」
「ちゃんと教えてね」
私はセスの忠告を無視して、彼を勝手に「先生」の立場にした。
ごめんね、自分勝手で。けど、公爵令嬢なんて自分勝手な立場だ。……折角なんだから、権力を最大限に利用させてもらう。
セスは小さくため息をつき、武器庫から弓矢の入った箱を掴み、歩き出した。
「付いてきてください」
彼に従い、私は訓練場をドレス姿のまま歩く。……服装をちゃんとしてから出直してこいって言われると思っていた。
意外と面倒見いい……?
長男タイプ、と私は心の中で呟いた。
「ここです」
セスが立ち止まったのと同時に私たちも足を止める。マイクもちゃっかり付いてきていた。
「あの赤い点を当てろ」
そう言って、セスは二百メートルぐらい先にある木を指差した。
……遠っ!!
確かに小さな赤い点は肉眼で見える。……けど、いきなりあれは難易度高すぎない?
初心者にそんな無理難題を言うなんて鬼教官だ。
「団長、いきなりあれは……。ここにいる奴らでも難しいんじゃないですか」
「木にすら当たらなかったら、俺は降りる。そんな者を『一流』になんて育てられない」
この男、私を最初から排除するつもりだ。
私に弓を教える気なんて全くない。なんなら、今この時間ですら時間の無駄だと思っていそうだ。
「構え方だけは教えてくださいね」
私は余裕そうな笑みを浮かべる。
失敗は選択肢にない。成功するしか道はない。慌てても何も変わらない。
今できることは、セスに矢の飛ばし方を教えて貰い、彼に認めてもらうことだ。赤い点じゃなくていい、木に当てれば合格だ。




