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公爵家に着いた。
私は急いでドレスに着いた汚れを払いながら馬車を降りる。ジョゼフ様に神父を成敗していたなんてバレたら厄介だ。
……リヴァがライルを預かってくれて助かった。
爵位を手に入れたものの、私という価値をこの家で証明していない。その中でいきなり教会の孤児を拾ってきたなんてなったら、ジョゼフ様は容赦なく捨ててこいと言うだろう。
家へと入り、私は自分の部屋へと足を進めた。侍女や執事たちにじろじろと見られるが別に構わない。
むしろ当たり前だ。私でも「この女がロイヤルチェンジに選ばれた子なんだ」って見てしまうだろうし。
そんなことよりも、私の後ろでずっと黙っている専属侍女の方が気になる。
……アンバーはあれ以降、一回も口を開かない。ずっと難しい表情をしたまま何か考えごとをしている。
何をそんなに考えているんだろう。……いや、考えることは沢山あるか。
あの教会での出来事はかなり情報量が多かった。
「貴女がデニッシュ・クロワッサン?」
甲高い声が耳に響いた。
声がする方へと振り向くと、そこには着飾った綺麗な令嬢がいた。
黒い髪はジョゼフ様譲り? 縦ロールは毎朝巻いているのだろうか。それに、ジョゼフ様と似ているとこと言えば髪色ぐらいだ。顔は全く違う。
ジョゼフ様みたいに目つきは悪くないし、とても可愛らしい顔をしている。
ただ、私を睨んでいるせいか、今の表情を「かわいい」というのは難しいけど。
「私がデニッシュ・クロワッサンです」
いや、もうデニッシュ・ワッグなのか? と思いながら自己紹介をした。
きっと、ワッグ家を名乗ることは彼女の前では許されない気がする。
「貴女がうちにいらした鼠ですの」
「鼠かもしれないですし、溝鼠かもしれないですね」
「まぁ!! なんて口の利き方!」
彼女は目を見開いて、手に持っていた扇子を開き口元にあてた。
「デニッシュ様、彼女はワッグ家の長女グレース・ワッグ様です」
アンバーが私の耳元で彼女の名を教えてくれた。
好かれるはずないって分かっていたし、敵対心を向けられることも分かっていたから、特に驚かない。
彼女が私を虐めたところでジョゼフ様は止めないだろう。
それぐらいの陰湿な虐めを乗り越えられなくてどうする、なんて言われそうだ。
公爵令嬢としての器量をちゃんと見せつけていかなければ……。
「私に何か御用でしたか?」
「ええ、今すぐこの家を出て行ってちょうだい!」
本来なら私も公爵家になりたくなかった。出て行けるものなら出て行きたい。
けど、腹を括ったからにはここを出て行くわけにはいかない。
「法律で決まっているので」
私はにこやかに笑みを浮かべる。
「そんなこと関係ないわよ! 貴女なんかと一緒の家に住んでいるなんてゾッとするのよ! この家が穢れるわ!」
「ですが、貴族が法を守らなくてどうするのです?」
「それは……」
「立場をわきまえてお話しください。貴女は国民の手本となる上流階級だということをお忘れなく。……それに、これは王命です。それに逆らうというのなら、反逆罪で捕まりますよ? そのような発言は控えた方がよろしいです」
私はそれだけ言うと、軽くお辞儀をしてその場を去った。
私の発言に彼女は「馬鹿にされた」と怒りで微かに震えていた。けれど、別に間違ったことは言っていない。
デニッシュはデニッシュらしくいておこっと!




