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ライルというデニッシュの友人が目を覚ました。
「意識が戻ったのか」
「はい。……あの、貴方がた、は……?」
「デニッシュの知り合いのリヴァだ」
彼は傷ついた体を無理やり起こそうとする。
「無理はするな」
俺は彼を寝ころんだままにした。
話すだけで顔を顰めるぐらい身体中が痛んでいるのだから、もはや話さなくても良いぐらい。
だけど、彼は天井を見つめながら口を開いた。
「あの、俺……、知ってたんです」
「何をだ?」
「デニッシュが魔法を使えるってこと……」
人のいる前では今まで使っていなかったのだろう。
確かに魔法を使えることを隠して生活するのが賢明な判断だ。魔法なんてものがバレたら、良くも悪くも目を付けられる。
それこそ、あの神父の思うつぼになるかもしれなかった。
俺は彼の言葉を待った。
「デニッシュは教会の子たちを、少しも救うことが出来ないって、よく嘆いていたんですけど……、今でもきっと彼女は自分は何もしていないって言うんでしょうけど……、いつも夜になるとこっそり起きて、虐待された子どもたちの傷を魔法で治していたんです。完治させてしまうと神父に見つかるから、傷跡が残るぐらいに……。だから、あの時の子どもたちはなんとか生活出来ていたんだと思います。……全部、デニッシュが背負っていたから。きっとあの分の傷を治すのは相当な体力がいるんだと思います。……デニッシュの顔色が悪い時もありました。それなのに、弱音を一つも吐くことはなかったんです。ただ、神父の激しい虐待は俺とデニッシュの精神を崩壊させて……」
「……崩壊した子たちはどうなったんだ?」
「この教会、地下牢があるんです。そこに閉じ込められて人間として扱われることはなかったです。暗闇の中、奇声が響くところです」
俺は何も言えなくなった。
今までこの事実を知らなかった自分が恥ずかしい。そして、この惨い状況を一刻も早くどうにかしたいという気持ちでいっぱいだった。
そして、デニッシュ・クロワッサンという存在がますます気になった。
彼女は一体何を犠牲にしてきたのだろう。……この教会は彼女の言う「復讐」ではなかった。
「デニッシュは教会の子たちに対して無頓着に見えるかもしれないんですけど、そうじゃないんです。……彼女はきっと誰よりもここにいる皆を救いたかったはずです。ただ、救えなかった。その過去があるからこそ……」
「ああ、分かってるさ」
彼女が教会の子たちを救いたいという気持ちは一瞬で分かった。
ライルのことを救ったのと同時に、彼女の目は俺に「教会の子たちも救え」と訴えていた。
ハリーは隣で眉間に皺を寄せながら厳しい表情を浮かべている。
「どうした、そんな顔して」
「この教会の凄惨さを今まで知らなかった自分に腹が立って」
「ああ、俺もだ」
「仕方のないことです。……神父は隠すのが上手いので」
ライルはそうやって言ってくれるが、やはりこの国の王子としてこの状況を知らなかったことは恥じるべきだ。
この街は想像しているよりもかなり腐っているのかもしれない。
……そう言えば、後から聞いたが親父がデニッシュにした質問って「国王に求めること」だったそうだ。
どうして彼女は「何も求めない」なんて答えたんだ……?
ポガリット教会出身だということなどすぐにバレるって分かっていたはずだ。
「なぁ、ハリー」
「はい」
「何故あいつは、この教会の改善を国王に求めなかったのだろうか……」
「それは……、私にも分かりません」
ライルは疲れ果てたのか、もう一度眠りについてしまった。
……自力で何とかしようとしていたのか、それとも国王には何も期待していなかったのか。
本人に聞くまで真相は分からない。




