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「何を守りたいか、なんの為に戦うのか、なにが最も大切なのか、自分の幸せはどこにあるのか、…………全部アメリア様なんです。騎士として失格かもしれない。けれど、それが本心です」
セスは続けてそう言った。
自分でもよく分からない。視界が滲み、無意識に瞳から涙があふれていた。
私は自分でも驚き「え」と声を漏らして、眼鏡を取った。周りには誰も人はおらず、私とセスだけだった。
セスの私に対する真っすぐな想いに、こみあげてくる感情をぐっと抑えながら静かに泣いた。
アシュ国に来てから、初めてちゃんと涙を流したかもしれない。
誰かに深く愛されていることがこれほどまでに心が満たされることだったのだと、再びセスが教えてくれた。両親を失ってから、私の中の「愛」という感情はどこか壊れてしまっていたのかもしれない。
それをまた思い出すことができた。
胸が熱くなり、今すぐにでもセスを抱きしめたかった。そして、彼に力強く抱きしめてもらいたかった。
…………けれど、私にはそれができない。それはセスも分かっているはず。
「私も……、私も『セスが私の隣で笑ってくれているのなら、それ以上はなにも望まない』と言える人生を送りたかった」
セスに触れたいという衝動を必死に押し殺して、私はそう言った。
私にはサジェス国を取り戻して、守らなければならないという使命がある。これを蔑ろにはできない。セスを一番に優先したいけれど、そんなことはできない。
今は恋愛に現を抜かしていられない。グロリアと戦うためには、そんな感情は捨てなければならない。
身分も何もかもすべて放り出せば、どれほど良かっただろう。
私がサジェス国の王女でなければ、今すぐセスと一緒になれただろう。
けれど、それは王女としての私が許さない。私はセスの愛に応えられない。
「ごめんなさい」
私は唇を軽く噛み、目を伏せた。
これから先、もしかしたらセスと共に人生を歩めるのかもしれない。けれど、今はそんな未来は考えられない。
私は器用ではない。一度に二つのことを追い求めれば、どちらもうまくいかなくなる。目標は一つに絞らなければならない。それが今は、サジェス国復興。そのことに重きを置いている。
私の泣いている様子を見て、セスは愛のある困った表情を浮かべていた。
「謝らないでください。アメリア様が目指している先を俺は知ってます。アメリア様はそれでいいんです。サジェス国を何よりも優先してください」
セスは柔らかな声に私はさらに胸が打たれ、そして締め付けられた。嬉しさと切なさが混じった苦しい感情だった。
大きなことを成すためには、それだけの犠牲を払わなければならない。
そのことを私は今日、身に染みて実感した。




