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「昔、本で読んだだけ」
私は適当に嘘をつく。
かつて私もそのたこを作ったことがあるなんて言えるわけない。
彼女は訝し気に私を見たが、「そうですか」と納得した。きっと、私を問い詰めても何も出てこないと悟ったのだろう。
「デニッシュ様は貴族になりたかったのですか?」
「絶対嫌だよ、こんな窮屈な世界」
私がそう言うと、アンバーは「嫌なのですか」と固まりながら口だけ動かした。
平民からしたら貴族になれるなんて夢のまた夢のような話。
「……それにしても、まるで貴族の生活を知っているような口ぶりですね」
「これも本で読んだの」
本、という単語は便利だ。
「王子は私の何を知りたいの?」
アンバーにそう聞いたのと同時に、馬車が止まった。
どうやらもうポガリット教会に着いたようだ。
……タイミング! リヴァの目的を聞きたかったのに……。
私は不服そうにして、御者が馬車の扉を開けたのと同時に馬車を降りた。
アンバーは後ろから「それはまたいつか」とだけ声を発した。つまり、今は教えてくれないということか。
そりゃそうか……、教えてしまったら私の元へ送り込まれた意味がなくなる。
私の侍女なんだし、私たちはお互いに観察する時間はたっぷりある。
私はポガリット教会の方へと足を進めた。その瞬間、アンバーが私に声を掛ける。
「あの、一つだけ」
「何?」
「私を罰さないのですか? 専属侍女を代えるとか……」
「意味ないでしょ。また王子が新しい子を送って来るかもしれないし。それなら私はアンバーのままがいい」
いちいち侍女を解雇していられない。
それにいきなり侍女を解雇なんてしたら、ジョゼフ様に拒絶されてしまう。
嫌われているのはいいのだけれど、拒絶は嫌だ。私という存在を否定されているような気がする。
……けど、相手は暗殺者だから少しぐらい脅しておいた方が良い?
舐められすぎるのも良くない。威厳、というか、ある程度の敬意を持っても貰わないとフェアな関係は築けない。
「アンバー、貴女の命は私の手の内にあるのよ」
私はアンバーとしっかり目を会わせながら、少し圧をかけるように冷たく低い声でそう言った。
彼女は私の視線と言葉に一瞬身震いしていた。
「……本当にデニッシュ様が昨日貴族になったばかりとは思えないです」
アンバーの苦笑いに、私も「そう?」ととぼけたような返答をした。
私たちはゆっくりとポガリット教会の方へと足を進めた。




