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「デニッシュ様はお忙しいので、これで」
私ではなく、アンバーが声を発する。
……そりゃ、気付かれちゃうよね。デニッシュとシスターの留守の期間と帰宅が完全に同じ時間だったら察している人もいるだろう。
ここにいる人は私を毛嫌いしているだろうから、デニッシュの留守の期間なんて知ったこっちゃないのだろうけど。
「それは残念です。貴女とはもっとお話ししたかったのですが……」
「またの機会にでも」
私はそう言って、笑みを浮かべた。
私が動き出そうとすると、ハミルは何かを思い出したような表情で口を開く。
「あ、そういえば、デニッシュ様のご友人……えっと、ライル? でしったっけ。彼と彼と共にいる女性はあっちの隅にいます。実力のない者に指導をするほど私も暇ではないので」
ちゃんと嫌味だわ。
ハミルの笑顔が余計に腹が立つ。この笑顔の裏に隠れた腹黒さ!
もちろん私も笑顔で返す。……これはもう感情を表に出した方の負けだわ。
「原石を見つけ出す鑑識眼を養った方が良いと思いますわ」
「ただの石は宝石にならないんですよ?」
「残念だけど、私は宝石しか見出さないのよ」
「模造宝石にならないことを祈っておきます」
この男……。
アンバーは耳元で「煽りです。乗ってはダメです」と囁く。
……ここは我慢しないと。セスがいない今、また騒ぎを起こすわけにはいかない。ただでさえ、もう既に変な噂ばかりながれているのに。
「では、これで」
私は自ら話を切り上げた。売られた喧嘩は必ず買う私がグッと堪えた。
ハミルの挑発に乗らなかった。上出来よ、私!
「先ほどのマイクに仰っていた言葉、なかなか痺れました」
私とアンバーがこの場を去ろうとした瞬間、真面目な口調でハミルはそう言った。
そう、とだけ小さく呟き、私はライルがいる方向へと足を進めた。
……最後にあんなことを言われるなんて。……ちょっと不意打ち過ぎない?
ハミル…………、どうも掴めない男だ。




