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コンコンッと扉を叩く音が部屋に響いた。
「はい?」
私は容姿をいつも通り「デニッシュ・クロワッサン」にして、扉を開けた。
彼女が「デニッシュ様、アンバーです」と声を発したのと同時に扉を開けたせいか彼女は目をぱちくりさせて私をじっと見た。
……本来なら、相手が誰か確認してから扉を開けるべき。
「もう起きていらっしゃったのですね」
驚きつつも彼女は声を発した。
私は適当に「早起きしちゃった」と返した。ここで「朝から筋トレしたくて~」とか言ったら、警戒されそうだし。
何より一番身近な人間に不審に思われたくない。まぁ、私は彼女のことをとても不審に思っているんだけど。
「こちらがデニッシュ様のドレスでございます」
アンバーがそう言うと、部屋の中に数名の侍女が大きな箱を持ってやってきた。
一人ずつ箱を開けていく。中にはとても美しいドレスが入っていた。……見て分かる、上品で高価な衣裳たち。
……それに「デニッシュ・クロワッサン」にサイズも合いそう。
私が目を丸くしている間に、侍女たちは丁寧にドレスを取り出し、空っぽだったクローゼットにドレスを入れていく。
煌びやかなドレスを眺めながら、本当に貴族になったのだと実感する。
「旦那様からの贈り物です」
……あの強面の公爵が?
「意外に優しくてびっくり」
「公爵令嬢として恥じぬ行為を、と念を押していました」
「分かってるわよ」
私は少しだけ口を尖らせる。
平民の私に公爵令嬢なんて務まるはずがないって思われているのだろう。
至ってまともな判断だ。少し前まで庶民の暮らしをしていた人間が次の日から貴族の生活に馴染めるわけない。
「とりあえず、着替えても良い?」
私はアンバー以外の侍女たちが去って行ったことを確認して、彼女にそう聞いた。
アンバーは即座に「お手伝いいたします」と言ったが、私は断った。
どうしても自分で着替えたい。というか、布が詰まっているから自分で着替えなければならない。
彼女は複雑な表情を浮かべていたが、「承知しました」と部屋を出て行ってくれた。
……意外と話が分かる侍女かも。
けど、やっぱりナイフを使い込んだような手をしている。あの指にあるたこはナイフでできたたこに違いない。
クローゼットから適当にグリーン色の一番質素なドレスを取り出し着替えた。
着心地は最高だった。王宮で用意されていた私を虐めるようなドレスと比べ物にならないぐらい素晴らしいものだ。
あれって、もしかしてあのドレスを見極めれるか否かのテストだったとか? ……ってそんなわけないか。
茶髪にしている髪を一つにまとめて、部屋を出た。
「あの、どこかお出かけに?」
「ちょっと街まで」
アンバーは私の回答に少しだけ表情を歪めた。
貴族になった瞬間、私が民衆に見せびらかそうとしていると思われているのかもしれない。
そんないちいち命を狙われるような馬鹿な真似はしない。
「今日は公爵令嬢としての教育が」
「後回しで」
私はアンバーの言うことを聞かず、被せるようにそう言った。




