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ドンドンドンッと扉の叩く音で目が覚めた。
私はゆっくりと目を開けて、顔を顰めながら体を起こした。
……こんな朝早くから誰?
私に用がある人なんていないはず……。しかも、ここは人里離れた場所だし。
「デニッシュ・クロワッサン、ここにいるのか?」
男性の声が聞こえた。
私はその瞬間にハッと目を見開く。
そうだった!
昨日の出来事を信じたくなくて、現実逃避のため、帰宅してすぐにベッドへと直行したんだった。
どうしよう……。めちゃくちゃ扉を開けたくないけど、開けないと無理やり家に入られる?
逆らいたいけど、様子が気になり、私は扉の方へと向かった。ゆっくりと木で作られた扉を開ける。
「デニッシュ・クロワッサンですか?」
背が高く、ガタイの良い衛兵が視界に入る。
元々小柄な私にとったら、巨人だ。私に圧力をかけるために、あえて強面の巨人を連れてきたのかもしれない。
私は少しの間、彼を見つめた後、「チガイマス」と言って扉を閉めた。
人違いということにしとけば、もう一度私でない誰かがロイヤルチェンジに選ばれるかもしれない。
ドンドンドンッとまた扉の叩く音が部屋に響いた。
この家の強度はそんなに強くないんだから強く叩かないでよ、巨人さん。
「はい」
私はもう一度扉を開いた。
「この度はおめでとうございます」
にこやかに笑みを向ける巨人に私は思わず眉をひそめてしまった。
どうやらこの男は私をデニッシュ・クロワッサンだと確信しているようだ。
彼の後ろにいる数人の衛兵も私を逃がすまいと私をじっと見ている。……とんでもない制度に関わってしまった。
私は深くため息をつき、口を開いた。
「どこがめでたいんだか」
「貴族になりたくなかったのか?」
私の言葉に誰かが返答した。私はその声の主の方へと視線を向ける。
衛兵の後ろから馬に乗った美青年が目に入る。衛兵たちは彼に向かって、頭を下げた。
……だあれ?
私はきょとんとしながら、彼を見つめた。
明らかに一般人ではないのは確かだった。身なりだけでなく、顔が……。
これが俗にいう美形なのだろう。瞳の色は誰もが羨む透き通ったブルーアイ。端整な顔立ちは世の女性たちを虜にしてしまいそうだ。
真っ赤な髪も印象的だし……。物語に出てくる王子様なの?
いや、王子は私になんか会いに来ないか……。
彼は馬から降りて、私の方へと近づいて来る。
衛兵は私に向かって小声で「頭を下げろ」と呟く。私は言うとおりに軽く頭を下げた。
「庶民のままでいたかったのか?」
彼はもう一度私に質問した。
私はそのまま顔を上げて、「はい」とハッキリと答えた。
この偉いイケメンに頼めば、もしかしたら貴族にならなくても済むかもしれない。そんな微かな希望を持った。
「何故だ?」
「何故……?」
思わず首を傾げてオウム返しをしてしまう。
世の庶民が皆貴族になりたいと思っていたら大間違いだ。今の状況で満足している人たちも沢山いる。
己の物差しで物事をはかるな!
「貴族は庶民の憧れだろ?」
「ん~~、そうなんですかね? 私は一ミリも貴族になりたいなんて願ってなかったんですけど」
私の言葉に彼は目を丸くした。
……そんなに驚くようなことでもないでしょ。今まで選ばれた庶民たちは泣いて喜んでいたのかもしれないけど、私は違う意味で泣きたい。
「貴族から庶民になる制度とか作りません? ロイヤルストップ制度みたいな?」
私は目の前の美青年にそう提案した。