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シドはその場に立ち上がり、体を伸ばす。少しして、私の方を振り向いた。
「今日はもう疲れただろ。もう休め。あっちの奥に泉がある。あそこでその血を落とせ。……その恰好でうろつかれたら怖いからな」
私はシドが指差した方を見てから、シドへと視線を戻した。
彼を完全に信用し切ったわけではない。もしかしたら、盗賊の仲間かもしれないし……。
「なんだよ。別にシスターの体に興味なんてねえよ」
急に慌てたようにシドはそう言った。
…………本当にただの親切心で泉の場所を教えてくれただけなのだろう。
さっきの彼の身の上話は本当だろう。……嘘には敏感になったおけげで、相手の仕草や口調で嘘を見破ることができる。
う~~~ん、まぁ、この格好でずっといるのも嫌だし、行くか。
私は泉の方へと足を進めた。
「俺はこの辺でいとくからな。何かあったら叫べ。……別に助けにいくわけじゃねえけど」
やっぱり、なんだかんだ優しい。
私はシドに背中を向けながら、思わず笑ってしまった。
私のことを見捨てても良かったのに、ちゃんと木の実まで持って戻って来てくれた。
それに……、倒れている私に触れなかったのは、医学の知識がないのに変に触れて悪化させてしまうのが怖かったからかもしれない。
「……すごい」
私は真っ暗闇の森の中を月光だけを頼りに泉まで来た。
不気味さはあるけれど、そんなことよりも体を洗える喜びの方が大きかった。私は急いで靴や服を脱ぎ、その上に壊れかけの眼鏡を丁寧に置いた。
金髪が露になり、顔の前に垂れてくる髪を片耳にかけて、ゆっくりと足を泉の中に入れた。
…………ああ、なんだかようやく緊張感から解放されたわ。
森の泉はどこも澄んでいて、綺麗な水だ。
私は思い切り、体を泉の中へと沈めた。そのまま頭まですっぽりと浸かった。
セスやアンバー、そしてジョゼフ様のことを考えた。
みんな元気かしら……。私がいなくなったことはもう知れ渡っているはず……。
てか、シスターとデニッシュが同一人物って気付かれたりしないかしら? ……そのうち気付かれるわよね。
とりあえず、ワッグ家から追放になった時のことを考えておいた方がいいかしら。
私は水面から顔を出した。その時だった。
「な…………に……」
目を大きく見開いたまま、その光景をじっと見つめた。
月の光の反射によって、水面に何か文字がかかれていた。




