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「サジェス国に戻りたいって思う?」
私は空を見上げながら、そう口にした。
月が明るすぎて星があまり見えない。ヒビが入ったレンズに段々と目が慣れてきた。
シドは少し苛立ったように答える。
「は? 俺の話を聞いてたか? 今戻っても生きてけねえよ。……それに前の王様たちは俺たち国民が殺したようなものだ」
そう、と私は相槌を打った。
城が燃えていく様子を遠くから見たのを今でも覚えている。炎に包まれた私の家に打ちのめされた。
そして、私は泣きながら必死に森の中を走り、あの国を去った。
「良い王様だったよ。国民から慕われていた。おかしくなったのは、お妃様の悪い噂が流れてからだ。全部、グロリアが広めた嘘なんだと後から分かったさ」
「後から分かっても、もう遅いのよ」
「それはそうだけど……。だけど、俺達だってまさかグロリアがそんな悪い奴だなんて」
「どうして会ってもいない人の噂を鵜呑みにできるの? その目で実際に確かめたことはあるの?」
私はシドを詰めるようにそう聞いた。彼は戸惑いながらも口を開く。
「……会えるわけないだろ。相手は王族だぞ?」
「狂気に満ちた民意ほど怖いものはないわ」
私は静かにそう言った。
両親を心から愛していた。父はサジェス国の歴史をよく教えてくれた。素晴らしい国だ、これからも繁栄させて、民の暮らしを豊かにさせたい、とよく言っていた。
母は私に魔法を教えてくれていた。魔力のコントロールやスキルを上げるのはかなり大変だったけど、母のおかげで上達した。
魔法は民を守る大きな武器となる、とも言っていた。
そんな昔話を思い出していると、シドが私をまじまじと見つめながら口を開いた。
「シスターは修羅をくぐり抜けてきた貫禄があるな」
「そう?」
「ああ。なんか……こう、時々、雲の上の存在に思うというか……。う~~ん、なんて言えばいいんだろう」
「グロリアの話、もう少し聞かせて」
私は話を元に戻した。
サジェス国の民から私が去った後の国の様子やグロリアの話を聞くのは、私にとってはかなり有力情報だ。
「……そんな面白い話でもねえよ。あの女に煽られなかったら今頃、王様たちは生きていて、俺たちも楽しい人生を送れていたはずだ。国民のグロリアに対する不満と怒りはもう爆発している。だが、誰一人彼女のいる場所に辿り着けない。着くまでに殺されちまう。……炎上した後の城を綺麗にして、贅沢三昧していると耳にした。そのせいで重税を課せられ、民の生活は苦しくなり、今やもう抵抗する気力すら失っているさ。……国民に支えられていることをしっかりと理解していた王様とは大違いだ」
そこまで言って、彼は木の実を口に放り込む。
私は少し間を置いて、言葉を発した。




