171
俺の人生を捧げようと決めた人がこの世からいなくなったのだ。
切なさと虚しさと悲しさの感情が押し寄せてきた。胸が苦しくて、息ができないほどだった。この悲痛な心をどう処理すればいいのか分からなかった。
少しの期間、放心状態が続き、訓練に身が入らなかった。
アメリア様の騎士になると決めた。それなのに、彼女がいなくなった今、なにをすればいいのか分からなかった。
当時の俺の訓練を見てくれていた教官に「少し休め」と言われたほどだった。休むことなど一切許さない教官が俺にそう言ったほどだ。傍から見ても俺はよっぽど酷かったのだろう。
暫くして、徐々に感情が戻って来た。
あんなに気高く純粋で可憐な少女を陥れた者にとてつもない怒りが湧いた。とてつもない怒りだった。
その怒りを糧に俺は訓練へと戻った。寝るのも惜しんで俺は剣を握り、体を鍛えた。
また教官に「少し休め」と言われた。今度は訓練のし過ぎだ、と。
だが、俺はそんな言葉を無視して、雨の日も風の日もどんな日もがむしゃらに鍛え続けた。
……そして、最年少で団長へとのぼりつめた。
「あの」
早足で屋敷の中へと入り、廊下を歩いていると聞き覚えのある声が聞こえた。
俺は足を止めて彼女の方に振り向き、名を呼んだ。
「アンバー」
不安そうに俺を見つめる彼女に俺は事情を要約して伝えた。アンバーは顔面蒼白になり、「そんな」と弱々しい声を出し、その場にふらついた。
「すまない」
「……いえ。セス団長のせいではございませんので。……私もお手伝いします。デニッシュ様を見つけ出し、盗賊を殲滅します」
アンバーの鋭い眼光は暗殺者の目そのものだった。
アメリア様の侍女が凄腕の暗殺者とは心強いものだ。……リヴァのおかげだな。
「ああ。一人残らず捕まえてやる」
俺はそう言って、口だけ笑みを浮かべた。
アンバーは盗賊について調べると言って、この場を後にした。優秀な彼女のことだ。すぐに情報を集めてくるのだろう。
彼女と別れて、俺はワッグ卿の書斎の前まで来た。
執事のニースが丁度部屋から出てきたところだった。彼は俺を見るなり、少し驚いた表情をして口を開く。
「これはセス様……、旦那様に何か御用ですか?」
「ああ、急用だ」
ニースは少し困った表情を浮かべる。
「今、旦那様は取り込み中なので」
「取り込み中?」
顔を顰める俺にニースはすぐに付け足した。
「アイザック様がお戻りで」
…………アイザック。
その名を聞いて、俺はため息をつく。
「後にする。俺が来たことを伝えといてくれ」
「承知いたしました」
ニースは俺に頭を下げる。いつ会っても丁寧な男だ。
俺は怒りを落ち着かせながら、その場を去った。
もう二度とアメリア様を失うものか。必ず見つけ出してみせる。
……それまで、どうか無事でいてください、俺の王女様。




