168
「……セス」
私は彼の名を呼んで目が覚めた。
思い出したわ。私、過去にセスに会っていた。
…………って、まず、ここ、どこ?
草木の匂いと若干獣臭が漂う。
私は自分の今の状況を理解するために体を起こした。それと同時に頭に痛みが走る。その痛みに思わず顔を顰めてしまう。
…………痛い。ものすごく痛い。頭だけではない。身体中が痛い。
そういえば、私、落ちたんだわ。
盗賊に襲われて、馬と衝突して、そのまま山の斜面を……。なんて運のなさ。
つい恨んでしまいたくなるほどの自分の不運さ。
私は体を無理やり起こして、周囲を見渡した。辺りはもうすっかり暗くなっている。月だけが輝いていた。
……もしかして、とんでもない場所まで落ちてきてしまった?
体を動かすとズキズキと痛みが走る。けれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
額に流れる血はもうすっかりと固まっているようだ。身体中は打撲しているけれど、幸いなことに大怪我はない。
今の私の外見……、相当ホラーだろうな。
こんな中、誰かに出会ったりなんてしたら、幽霊に間違えられるかもしれない。「助けて」って言っても、余計に怖がられて逃げられてしまうかも。
…………魔法で服だけでも綺麗に。
「あ、目覚めたんだ」
突然、視界に一人の男性が入った。
「うわっ、幽霊!!」
「誰が幽霊だ」
私が怖がる方だった。
そんなことを思いながら、私は目の前の男性を目を細めて観察した。
スラッとした背の高い無精髭の生えた男。……三十代半ばだと思われる。私の言葉にちゃんとツッコミを入れていた。意思疎通できる。
「人間だ」
……いや、でもこんな場所に人がいるわけない。
「当たり前だろ。どう見てもお前の方が幽霊に近いだろ」
私の言葉に怪訝な表情でまたツッコむ。そして、状況が分かっていない私に彼は説明してくれた。
「お前がここで倒れていたんだよ。きっと、盗賊に遭った騎士団の仲間かなんかだろ? ……ここまで盗賊はやってこないから、放っておいた。酷い見た目だけど、息はあったし、俺が見つけた時にはその頭から流れている血は止まってたし、それに変に手助けしても面倒くさいからな。……んで、また様子を見に戻ってきたら、今度は目を覚ましていた。……一応食えるものを探してきたぞ」
そう言って、男は籠の中に詰めた木の実を私の方に見せた。
……薄情なのかそうじゃないのかよく分からないわね。
「ああ、後、これ落ちていたぞ」
男はそう付け足して、私に眼鏡を放り投げた。私の方に飛んでくる眼鏡を見事にキャッチした。
……歪んでる。
私は眼鏡の悲惨な状況に思わず小さくため息をついた。
「あんな高さから落ちて、壊れていないだけましだろ」
……てか、瞳の色! ……って夜だから大丈夫か。月光は彼の方に照らされているし。
こんな状況だというのに、私は意外と能天気だった。
「まぁ、あんまり動かない方がいいぞ」
「…………あなたは誰?」
「お、俺か? 俺はこの辺りで放浪者をしているシド・ハートだ。よろしくな、シスターさん」
彼はそう言って、ニカッと笑みを浮かべた。上の歯の右端に金歯があるのが見えた。




