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『ドレスが汚れてしまいますよ。早く出てきてください』
『あなたも入って!』
私は美少年の言葉を無視して、そう声を発した。
美少年と目が合う。彼は私を射貫くようにじっと見つめた。その瞳に思わず目を逸らしたくなってしまう。
私も立場とか考えないと……。悪いことに誘ったら、後に彼が怒られちゃうかもしれないし……。
彼のことを困らせたくない。
私が、やっぱり大丈夫、と言おうとすると、彼はもう既に裸足になっていた。
川に入ってくる彼に私は思わず目を丸くしてしまった。
『人のことを簡単に信用しちゃダメですよ』
美少年は優しく私に叱った。
何故か彼なら信用してもいいと思ったのだ。そして、叱られたことよりも一緒に川に入ってくれたことの方が嬉しかった。
『私がものすごく悪い人だったら危ないでしょう』
『けど、あなたは悪い人ではないでしょう?』
『それは……まぁ。けど、とにかくむやみやたらに』
『あなただから一緒に遊びたいと思ったの』
私は満面の笑みでそう返した。美少年はそれ以上何も言わなかった。
私たちは川で少しの間遊び、色々な会話をした。もしかしたら、私がサジェス国にいた期間の中で最も普通の子どもになれた日だったかもしれない。
同年代……と言っても少し年上だけど、一緒に誰かと遊ぶのなんて初めてだった。
『え、じゃあ、仲間外れにされちゃったの!?』
私は美少年の境遇を聞いて、大きな声を出した。
優秀だからとここに連れてこられたのだが、訓練に参加するにはまだ若すぎると言われて、仕方なく一人でこの辺りを散策していたらしい。
『……まぁ、でもこうして王女様に出会えたので。それに、騎士に対しての執着心みたいなものは特にないですし』
『しゅうちゃくしん?』
『ああ、すみません。騎士になりたいとは思っていないってことです。……自分の力で生きていけるなら騎士以外の道でも』
『騎士になりたいからここに来たわけじゃないの?』
『先ほども伝えた通り、連れて来られただけです。才があるからってだけで』
『じゃあ、あなたすごいのね』
『…………どうなんでしょうか。今は続けるような強い意志もないので』
私の言葉に美少年は少し複雑な表情を浮かべながらそう言った。
私には彼の言葉の意図がいまいち理解することができなかった。
騎士になりたくないのにどうして騎士になる場所に属しているのかしら……。
きっと、私には分からない想いが彼の中で色々とあるのだろう。
『水が好きなんです』
静かに美少年の声がその場に響いた。
私は思わず「え」と彼の方へと視線を向けた。美少年は陽光で煌めく小川の中にある自分の足を見つめている。
私も一緒になって、足元へと視線を下げた。
『落ち着くんです。……川の音がして、ここに』
その言葉を聞いて、私は彼の笑顔を見たくなった。沈んだ気持ちになってほしくない、という一心で私は魔法を使った。
手のひらサイズの水でできた蝶々を小川から羽ばたかせる。
その様子に美少年は目を見開いて固まっていた。どうやら魔法を見るのは初めてだったようだ。




