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なんて怖い「座れ」なんだろう。
私も大人しく座ってしまった。きっと、この人に育てられたら立派な忠犬になりそうだ。
「君がデニッシュ・クロワッサンか?」
「はい。私がクロワッサンです」
この強面相手によくこんなふざけた名前を発せれると自分で自分のことを褒めたい。
彼は私を品定めするようにじっと見つめた。
穴が空くほど見られるってこういうことのことを言うのだろう。
「そんなに見つめられたら照れます」
そろそろ視線を外してほしかったので、私は口を開いた。
そんな言葉を発すると思っていなかったのか、彼は「は?」と顔を顰める。
「あ、すみません。そこまでじっと見られることが普段なかったので、何か気に入らないところがありましたか?」
「……ジョゼフ・ワッグだ」
彼は質問を無視して、一呼吸置いた後に名を名乗った。
出会った瞬間からそんなに疑いの目で見られるなんて……。私、犯罪でもおかしたっけ?
彼の鋭い目でじっと見られると、罪を犯してもいないのに、頭の中で捏造してしまいそうだ。
「これからよろしくお願い致します。ジョゼフ様」
私が手を差し出しても、彼は手を差し出してくれなかった。私は行き場のなくなった手をスッとひっこめる。
……気まずっ。
ただ、陰湿で腹黒い人ではなさそうだと思った。
なんだか堅くて厳しそうな人だけど、「悪」は感じられなかった。しょうもない虐めとか想像していたけれど、私が公爵家をなめ過ぎていたのかもしれない。
彼らにとって重要なのは、利用できるか、否か。
「今日からお前はワッグ家の人間だ。そのことを肝に銘じておけ」
「はい。快く……でもなさそうですけど、受け入れて下さりありがとうございます」
「……鈍いのか肝が据わっているのか」
「きっと鈍いんだと思います」
私はビジネススマイルで答えた。
こういう時こそ愛想! 愛想!
表情がこんなにもかたいジョゼフ様と会話するのは思ったよりも神経を使いそうだ。
「陛下との対談でケロッとしているのはお前ぐらいだろう。それに公爵家の地位を与えられた。……鈍いだけでは終われないだろう」
「そうですか? 私は普通の」
「小細工している眼鏡と、服に布を詰めている女がよく言う」
うっそ! バレてる。あっさりバレてる。
あんなにじっくり見られているのは、ちゃんと疑われて、ちゃんと見破られていたのか。
……流石公爵家。少し見くびっていた。
これは、本当に気を抜いていられない。
来た早々こんなに疑われるなんて想定外だ。……詰めが甘かったわけではないと思う。
ただ、ジョゼフ様の鑑識眼が凄かっただけの話だ。
「それには何か理由があるのか?」
これは、変に嘘を言わない方が良い。
信用をいきなり失うのは御免だ。
「……今はまだお話しできません。ですが、誓ってワッグ家に害をもたらすことはございません」
私は確かな声でそう言った。




