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「最後のページを見てみて」
私の言葉にジュリアは最後のページを開く。
彼女は最後に書かれたその模様暗号を見て、大きく目を見開き、固まった。ゆっくりと彼女の瞳が潤っていくのが分かる。
きっと、あれはロイヤルチェンジに選ばれた日に描いたものだと思う。そのページだけ、後から本に付け足したような跡があった。
ジュアンの最期の日記だ。
『姉が嫌いだった。姉の弟でなければ、僕は日々鍛錬に苦しまずに済んだ。こんな人生望んでいない、と姉に言った。だが、今、ここを出ると思うと、寂しい。 親愛なる姉へ。僕は君の弟であり、そして弟子であることをとても幸せに思う』
細かく描かれた幾何学模様の意味を私は読み寄り、心が痛んだ。
ジュリアはどれだけ願っても、天に叫んでも、もう弟に触れることも、声を聞くこともできない。
「大馬鹿者」
ジュリアは大粒の涙が瞳から流れ落ちた。
「今さら、……幸せだなんて、…………もう遅い」
擦れるジュリアの声が部屋に響く。
私たちは必死に声を押し殺して泣く彼女を黙って見守った。
……なんだかあっという間だったわ。
私は建物を出て、立ったままストレッチをして体を伸ばす。
ずっと机に張り付いていたせいで首と腰が痛い。……肩も凝ってるし。
外には騎士団が私たちを待っていた。好奇心と共に私を訝し気に見ている。彼らの目が「セス団長とどんな関係だ」と言っているようだった。
私に続いて、メリアとライルが出てきた。
「そうだった。こいつらも一緒だったんだ」
ライルがボソッと隣でそう呟いた。
そうなのよ、ライル。団長抜きで帰るなんて無理なのよ。
「シスター」
「なに?」
メリアの声に私は反応する。
「私の人生なんて他人に振り回されるだけで、自分で決めれることなんてないけど……。それでも、ここを出られるのは一つの変化なので。……これからよろしくお願いします」
メリアは落ち着いた声でそう言った。
感謝なんて決してしない、という意思をどこか感じる。
まぁ、まさかメリアもシスターに連れ出されるとは思いもしなかっただろう。このまま教会送りだと思っているかもしれないし……。
「分かっていると思うけど、ここで見たこと聞いたこと全て他言無用よ」
ジュリアとセスが建物から出てきた。
ジュリアは泣いた後だということをほとんど感じさせない顔だった。ティナも後ろからひょこっと出てくる。
「寂しくなるよ~~~~。またいつでも来てねぇ~~~。待ってるよ~~~」
ティナはそう言って私に抱きついてくる。
いつもこのテンションだから、彼女が暗号学者だということを時々忘れてしまう。
「お世話になったわ、ありがとう」
私がそう言うと、ティナは少し離れて私をじっと眼鏡越しに射貫くように見つめた。
「シスターシナモン、貴族のような雰囲気を漂わせるよねぇ」
……うわ、まずい。
どうしてこのタイミングでバレかけてるの?
…………そっか。普通シスターって「すごくお世話になりました」って頭を下げたりなんかするもよね。
このままだとすごい上から目線な嫌なシスターだ。
「そんなことはないです。神のお導きに愛と感謝を込めて」
私は適当に誤魔化して、今さらシスターっぽいことを付け足しておく。
疑うようにティナは眉間に皺を寄せて私をまじまじと見つめる。そんな彼女の頭をグッとセスは引っ張り、強引に私から離す。ティナは変な声を上げる。
「ウガッ!」
「もう行くぞ」
セスは私に向けてそう言う。
ティナは「セス団長って女子への扱いほんと扱い酷い~~」と額を撫でる。
私に対する扱いとは大違いだ……。
私ってやっぱりセスにとって特別なのだと改めて感じる。
「……好きな女の子にだけ優しいとか、それもまたファンが増えそうな性格」
ティナはセスを見た後に私へと視線を向けて、ボソッと呟いた。




