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「ま~~って、まって、まぁぁ~って!!!」
ティナに背中を向けた私の襟を彼女はグッと掴み、引っ張る。
「ギュハッ」
いきなり首が後ろに引っ張られて、変な声が出てしまった。
私は「ちょっと何?」と軽く睨みながら、ティナの方を振り向く。彼女は私から強引にお盆を奪い、それを机の上に乗せて、無言で手を引っ張った。そのまま、私を部屋に出そうと彼女は歩き始める。
「私まだここにいるわよ」
「少しは息抜きしないと、本当に死んじゃうでしょ~~っ」
「けど」
「一度は頭を柔らかくするっていうのも大事だよっ! 脳みそも休憩させてあげないとっ!」
「でも、私」
「うるさい!!!」
大きなティナの高い声に私は思わず黙ってしまった。
……ティナ、ちゃんと怒ってる。私も言い訳ばかり言おうとしていたから、良くなかったけど。
私は彼女の勢いに負けて、そのまま手を引かれるがままに部屋を出た。
「どこに連れて行くの?」
私がそう聞いても、彼女は何も言わない。
早足で建物を出て、誰もいない森の方へと歩いていく。久しぶりに吸う新鮮な空気だ。
…………そういえば、この建物って森の中にあるんだったわ。
彼女は大股で森の奥へと入って行く。私の全く知らない道だ。歩く度に揺れる彼女のソバージュヘアを見つめながら、私も足を動かした。
私は眼鏡越しに太陽を眺めた。陽光の眩しさに思わず目を細める。
うわぁ、太陽だぁ。
太陽を見てそんな安直な感想しか出てこないほど、私の脳は凝り固まっている。
あまりにも思考回路が模様暗号に特化したかたちになっていて、それ以外の情報を超単純化して受け付けている。
なんて感性のない女なんだ、私。
太陽を見て「ああ、太陽さん、今日も私を輝かせてくれてありがとう」なんて言える情緒がない。
「あ、リス」
私は木の枝を走る小動物が目に入り、そう呟いた。
「ばいばいリスさん~~~」
彼女は私の感想にそれだけ言って、歩みを止めない。
リスがそんな雑な扱いされることあるっ!?
可愛いね~~って言いながら、頭を撫でたりするもんじゃないの?
女の子が二人もいるというのに、ほとんど見向きもされなかったリスを少し不憫に思った。あのリスも人間からの「かわいい」を待っていただろうに……。
「ねぇ、ティナ。どこに向かってるの? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
私は彼女に向かってそう投げかける。それなりに歩いている。もう、私たちが過ごしている建物が見えないほどだ。
ティナは振り向くことはなく、ただ足を進めるだけ。
フレンドリーな誘拐だよ、これ。
私は心の中でそう思いながら、黙って彼女に連れられた。




