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セスからの言葉に私は思わず弓を落としてしまいそうになった。
……な、なに。今の。
そんな殺し文句ある……!?
しかもこのタイミングで言うなんて、動揺してしまう。私は必死に心臓を落ち着かせる。
息を長く吐いて落ち着かせる。
無心よ、無心。
ほら、今はシスターだから、邪念を払うのは得意なはず。………………無理だ。きっと世の中には邪念だらけのシスターだっているはずだ。
「今はこれに集中するわ」
「はい」
セスはそう言って、数歩退いた。
私にお辞儀をしないのは周囲で団員たちが私たちのことを見ているからだろう。
「いつでもどうぞ」
ジュリアの声と同時に私は弓を構えた。残りの二本の矢は足元の縦に長細い木箱に入っている。
鹿の銅像へと矢を向ける。私は目を細める。
遠いなぁ…………。
横顔をこちらに見せている鹿に私は集中する。
……このまま矢を放ったら、必ずリンゴはどこかへと飛ばされる。その軌道を追って、矢を残り二本って…………無理すぎ。
そもそも、どれだけの弓使いであっても、こんなの届きっこない。
この距離であのリンゴをちゃんと見える人間はまずいないだろう。…………あ、ライル。……いや、今彼は使いものにならない。
はぁぁぁ、私がなんとかしないと……。
心の中で盛大にため息をつきながら、誰にも気付かれないように目に魔法をかける。
せこいかもしれないけれど、これができたところで必ずリンゴを貫通させれるかは分からない。
それは私の技術の問題だ。
……けど、随分と見えるようになった。鮮明に標的が見える。この場は緊張感に包まれて、誰もが口を閉ざして私をじっと見ていた。
メリアは二階から私を観察しているらしい。
あのリンゴに三本貫通させることなど不可能だと分かっていてジュリアは私にこの賭けを持ってきた。
…………見ていなさい。度肝抜いてやるわ。
私は思わず口の端を上げてしまった。それと同時に矢を放つ。矢はスピードを出して真っ直ぐリンゴへと向かう。
私はすぐさま矢をもう一本取り出し、弓を構える。
矢は見事にリンゴに貫通して、鹿の口から飛び出し、後ろの木へと刺さる。
全員が目を大きく見開いてリンゴを見つめていた。口を大きくあけて驚いているものもいる。
私は間髪を入れずにまた矢を放った。そして、最後の矢を木箱から取り、弓を固める。木に刺さったリンゴに更に二発目を当てる。
誰も声を出さない。ただ息を呑んで固まっている。
……最後の一本。絶対に外すわけにはいかない。
私は小さく深呼吸をして、目に全集中した。遠くでみれば、ものすごく小さなリンゴだけど、実物は意外と大きく立派なリンゴなのだということが分かる。
ジュリアの視線がリンゴから私へと移るのが分かった。私を信じられないという目で見ている。
私はゆっくりと矢から手を離した。最後の一本が二本目と完全に同じ軌道でリンゴへと放たれた。
ジュリアの方をチラッと一瞥すると、彼女と目が合った。
ジュリアはこの勝負の結果よりも私に釘付けになっていた。私は自分で結果を見ずに、ジュリアに向かって「勝ちね」と微笑んだ。
私がそう言った後、誰かの声が耳に届く。
「…………おい、嘘だろ」
暫く沈黙が流れ、ジュリアは勢いよくリンゴの方へと振り返る。それと同時に一気に場が騒がしくなった。
地面が揺れるかのような勢いで私に対しての喝采が響く。
「二本目の矢を突き刺して貫通させやがった!!!」
「こんな神技見れるなんて俺らついてるぜ!!」
「シスターにしておくのがもったいない! うちらの騎士団に入れましょう!!」
「こんな奴がこの世に存在するのかよ!」
「天才だ……!」
「二本目の木軸にぶっ刺しやがった! こんな最高難易度の技をできるなんて!!」
私は弓をセスの方を向く。
彼は私を見つめながら顔を綻ばせる。「やってくれた」というどこか誇らしい表情をしていた。
「本当にあなたには参りますよ」
「師の教え方がうまかったんです」
私はそう言って笑い返した。




