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マーゴットは戸惑うこともなく「ええ」と頷く。
「出身は?」
小さな希望を込めて私は彼女に出身地を尋ねた。
彼女は私の質問に口を閉ざす。すぐに答えないということは、アシュ国ではないのだろう。
私はマーゴットが口を開くのを待った。
セスは「この国じゃないのか?」と少し驚いた表情で彼女に尋ねる。
マーゴットはティーカップを持ちながら、小さくため息をついた。そして、ゆっくりと声を出す。
「…………サジェス国よ」
多分、彼女の返答で私よりもセスの方が驚いているだろう。
自分の生みの母の出身地が他国だったとは思わないわよね。私もセスの立場だったら「まじか」ってなってる。
「けど、若い頃にはもうこっちに来てたわ。サジェス国よりもこの国の方が好きよ。……あんなこともあったし。今はグロリア様の独裁政権で民はどんどん苦しんでいるって聞いているし……。というか、そんなことどうして」
マーゴットは私をじっと見る。
「魔力を持つ者の出身が私の国なら良いなと思ったの」
私はそう言って、頭に被せてあった布を外した。
閉まっていた髪が露になり、顔もはっきりと見えるだろう。これで私が何者であるか分かるだろう。
マーゴットの目が大きく見開くのが分かった。彼女は口を小さく開けたまま、声を発した。
「あ、あなた様は……」
彼女は持っていたティーカップをその場に落とした。絨毯にダージリンが飛び散り、ティーカップは音を立てずに転がった。
マーゴットは私を真っ直ぐ見つめたまま、僅かに手を震わせていた。
「生きていたの」
私は小さく口角を上げる。
彼女はその言葉に反応して、「王女様ッ」とその場に座り込み頭を私に下げた。
マーゴットに何か声を掛けようと思ったが、やめておいた。絨毯の上に水玉が描かれていくのを見て、言葉を飲み込んだ。
彼女は静かに嗚咽を漏らしながら、泣いていた。
私とセスはそんな彼女を黙って見守った。私が生きていたことを泣いて喜んでくれる国民がいたことに私も胸が熱くなった。
私が自分の存在意義が分からなくなっても、生き抜いてきた価値があったと少し思えた。
「セス、貴女の母はとても若いのね」
私は少し場を和らげるために、全く違うことをセスに向かって言った。
彼は「普通の人間じゃないので」と軽く笑いながら答えた。




