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なんで王子が消えたんだよ。
私は心の中で王子への文句を呟きながら、厳重に警備されている扉の中へと入って行った。
……国王陛下に謁見なんて、普通気を失うぐらい緊張するはずだ。
少しぐらいは怯えた様子を醸し出しておいた方が良いかもしれない。
私はそんなことを思いながら、俯きながら赤い絨毯の上を歩き、その場に跪いた。
国王の許可を得るまで決して頭を上げてはいけない。
空気が張り詰める中、「頭を上げよ」という声が耳に響いた。
それと同時にゆっくりと顔を国王陛下の方へと向けた。
…………これまた美形な男性だ。
リヴァが彼の子どもであることがよく分かる。真っ赤な髪がそのまま遺伝されたのか。
瞳は少しグリーンっぽい。ということは、王子のブルーアイは王妃に似たのか。
私は国王と王子の外見について頭の中で色々と考えていた。
「お主がデニッシュ・クロワッサンか」
「はい」
本当にふざけているな、この名前。
なぜ私はこの名前でこの国に申請したのだろう。六歳の頃の自分をぶん殴ってやりたい。
弱々しい名前だ。重さがずっしりあるパン・ド・カンパーニュにした方が良かったかもしれない。
まぁ、今更こんなことを考えても、後の祭りだ。
「……不思議、というか、不審な娘だな」
もう怪しまれた? 早くない? 何か粗相でもした?
私の動きは完璧だったはずなのだけど。
「謁見の仕方を何故知っている?」
そっか、庶民は王宮内での礼儀作法とか一切知らないはず。
でもまだ大丈夫、巻き返せる。
「本で読みました」
「知っているのと、できるのは、随分違う」
「練習したのです」
「ロイヤルチェンジに選ばれることを知らなかったのに?」
詰めてくるなぁ、この国王。
それもえらく楽しそうに質問してくる。王家の人たちは皆変わり者なの?
「いつか役に立つと思いまして」
「ほう。……じゃあ、公爵家にでも入れこむか」
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵……の公爵家??
え、そんな一番上にいきなりぶっこまれるの? それは勘弁してほしい。
「やめてください」
私は慌てて即座にそう言った。
「今までのロイヤルチェンジの歴史の中で、多くの平民に爵位を与えたが、公爵家にだけ入れたことがないのだ」
「では入れないでください」
私がそう言うと、国王はハハッと声を出して笑った。
その場の空気が少し和らいだ。国王陛下の隣にいる宰相であろう眼鏡をかけた背の高い男性だけはずっと私を見定めるようにじっと睨みつけている。
そんな険しい表情をしていたら、ハンサムな顔が勿体ない。
「まさか断られるとはな」
「前例がないのなら、今まで通りに」
「その前例になりたいとは思わないのか?」
「担えきれない権力を持つと、人は廃れてしまうので」
ほう、とどこか感心する様子で国王はじっと私を興味深そうに見る。




