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そりゃそうだよなぁ、と心の中で呟く。
人間、そこまで全てのことに「平均」であるということがまずない。
どこか欠けているし、どこか長けている。普通は普通なりに、何かあるのだ。
それなのに、あいつはそれが全くない。
「六歳まではどこにいたんだ?」
「それがどれだけ調べても情報が何一つ出てこないのです」
「はあ!?」
思わず声を上げてしまった。
「……王家の力でも分からないって相当だぞ?」
「はい」
ハリーはどこか力のない返事をする。
一体何者なんだ、あの女は……。
「デニッシュ・クロワッサンも本名ですし……。殿下に害はないと思いますが、やはり素性が掴めません」
「ある意味凄いな。そこまで溶け込めているのは」
俺は素直に彼女に感心した。
そこまで自分の存在を徹底して隠している理由は分からないが、実際に接触して彼女が悪人だとは思えなかった。
王子という存在を隠して様子を見ようかと思ったが、どうせすぐバレてしまうだろうと思いやめた。
「そういえば、あいつ、度が入っていない眼鏡をかけていたな……」
ふと彼女の眼鏡を思い出した。目がぼやけるような仕組みになっていた。
……顔がはっきり分からないような眼鏡。
他国の指名手配犯か何かなのか?
自分で考えて、そんなことはありえないと鼻で笑ってしまう。
「陰に見張らせますか?」
「いや、そこまでする必要はないが……。彼女が属する貴族にアンバーを侍女として送り込もう。そこでデニッシュ・クロワッサンがどういう人物なのか探ってもらおう」
「……アンバーですか」
「適任だろう?」
「…………わざわざ殺し屋に調査させなくても」
ハリーはどこか呆れた様子でそう言った。
年には念を入れておかなければならない。もし本当にデニッシュ・クロワッサンがとんでもない極悪人であった時に、対処できる者を傍においておく。
「そこまでしなくても、って思っているぐらいが丁度いいんだ」
俺はどこか煮え切らないハリーにそう言った。
アンバーなら、デニッシュ・クロワッサンが悪人か否かをすぐに見分けてくれるだろう。
相手の懐にいかに上手く入ることが出来るかという特訓も受けているのだ。デニッシュ・クロワッサンもすぐに彼女のことを信じるだろう。
「あ、そう言えば、どうして里子期間が二ヶ月間なんだ?」
「それが……、里親の元へ行って話を聞いても、特にはっきりとした理由が出てこなくて……。デニッシュは良い子でしたって言うだけなんです」
「どういうことだ?」
「幼い頃から大人っぽくて自立したかったのだと……、みたいな答えで、どこか他人事なんですよね。まぁ、二ヶ月間だけだったので里親からしたらデニッシュは他人なのでしょうけど」
「……まぁ、里子期間よりも六歳までの生い立ちの方が重要だ」
「はい。引き続き調査を行います」
これから調査を行って、どこまで確かな情報が出てくるのかは怪しいが……。
それにしても、なかなか厄介そうな者がロイヤルチェンジに選ばれた者だ。




