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「絢水。会社辞めたって本当かね!? 帰ってこんのか?」
電話に出るなり開口一番、お母さんが訛の強い喋りで尋ねてくる。
専門学校を出てすぐに入った会社を辞めて一ヶ月。毎朝社訓を唱和するなんてブラックすぎてやってられなくて、勢いで辞めてしまった。
趣味でやっていた絵でとりあえず日銭を稼ぐ事にしたけれど無名な私に仕事なんて来るはずもなく、目減りしていく元々少ない貯金を眺めることしかできない。
「帰らんよ。大体前の会社が酷すぎっちゃけん」
「どこもそんなもんと思うけどねぇ……」
「ええから! まだ帰ら――ちょ……ちょ、ちょっと用事できたけぇ! また!」
お母さんとの話もあるのだけど、それよりも大事なことができたので、即座に電話を切る。
遂に登録していたサイトから仕事の発注が来たのだ。
「えぇと……vTuberのキャラデザと……うわぁ……結構やること多いな、これ。金いくらもらえんだろうねぇ。しかもコンペ……まぁ仕事も詰まってる訳じゃないしやってみようかな」
何人に声をかけているのかは知らないけれど、私みたいな無名イラストレーターに声をかけてくるのだから相手も予算もそれなりだろう。
とはいえ仕事の実績づくりのためだし、時間はたっぷりある。受けられれば御の字だ。
早速、コンペ用のラフ案の作成に取り掛かるのだった。
◆
「慶センパイ! タケミさんからラフ案が届いたよ!」
相変わらずノックをせずに里英が俺の部屋に突撃してくる。
vTuberをやることにしたはいいものの、絵や配信のノウハウ一式が貯まるまでは充電期間。
この二週間、里英は希望していたトレーナーのボイトレに通ったり、俺の家に入り浸ってゲームをしたりとかなり満喫しているようだ。
「まずノックしろよな」
「見られたらマズイことでもあるのぉ?」
里英はニヤニヤしながら俺のPC画面に回り込むようにやってくる。
そのまま背後から腕を回して肩に顔を置いてきた。反則だがイエローカードなのでプレーは続行。
「なっ……何これ?」
「研究だよ。そ、それより離れろって」
前まではローソク足チャートやニュースサイトが並んでいた、管制室のようにアームで吊るされた六枚のモニターにはズラッと人気vTuberが並んでいる。
里英がこれからデビューするにあたって、どうすれば最短で人気が出るのか研究していたのだ。
「すっごいなぁ……徹底してるね……」
里英は俺のリクエストは無視して、すぐ横で驚いた顔をしている。基本的に俺の話は聞く気がないらしい。
「そりゃな。なんでもやるなら勝たないと意味ないだろ」
「勝つってどういうこと?」
「そりゃ人気者になることだろ」
「人気者かぁ……それで分かったの?」
「ま、個人勢で新規参入は難しそうだよな。企業の力が強いし、人気が人気を呼ぶって感じだよ。キャラの見た目のクオリティも企画も段違いだよな」
「なるほどねぇ……企業の力かぁ……」
「上場してるvTuberの事務所がいくつかあるからな。外向けの説明資料に色々書いてあったから情報は集めやすかったぞ」
どうせすぐに廃れるだろうと思って見向きもしていなかった業界だが、初期に金を入れておけば一兆円の達成が早まっていたのは確実なくらいの成長をしていた。
そんな過去の自分の見る目のなさと、レッドオーシャンに今更切り込もうとしている浅はかさで乾いた笑いが出てくる程だ。
「やっぱ私じゃ無理かな?」
俺の心の内を見透かしたのか、里英が不意にそんなことを言い始める。
「おいおい。里英がそんなこと言うなよ。皆んなを元気にするんだろ? ま、企業の力っていうのは要は金と人の物量ってことだ。人は金で用意できる。つまり金さえあれば同じ土俵に立てるんだよ。ま、その中ですら競争だし、突き抜けてる奴はやっぱり本人の資質なんだろうな」
「うはぁ……やる気は出てきたけど、そんな凄い人たちと張り合い事になるのかぁ……」
「ま、企業よりも俺たちが強い部分もあるぞ」
「な……何?」
「利益を出さなくていいんだよ。経費と売上がトントンならそれでいい。ま、だからって道楽って言われるようなことはしないけどな」
「ふぅん……そんなに違うのかな? 結局個人勢も企業勢もゲーム配信とかしてるけど」
「企業だと色々と建前はあるけど、そうはいっても最終的に利益に繋がらないものはやれないからな。なんだかんだで縛りはあると思うぞ。俺達は別にこれがないと生活ができないわけじゃない。純粋に里英の目標に向かって活動できるところが強みだな」
「なるほどねぇ……私にできるのかなぁ……」
「出来るよ。じゃなきゃ俺は投資しないからな」
「慶センパイにそう言われると不思議とやれるって思えてくるね」
里英は明るい顔でそう言って、俺の横で可愛い声で笑う。
「頼りになるなぁ。ありがと!」
顔を俺の方に向けたまま突き出してきて、そのまま頬に唇をつけると里英は部屋から出ていった。
「いっ、いや……お、おーい! タケミさんのラフ案見せろよ!」
ひんやりとする感覚があり、唇の当たったところがよくわかる。頬のその部分を手で拭い、顔の赤みを必死に直してから、本題のために里英を呼びつけるのだった。




