32
「いやぁ……びっくりしたねぇ」
頭に包帯をぐるぐる巻きにした里英がニコニコしながらそう言う。
ここは病院の個室。そこ中でも豪華な作りの部屋なようで、大型テレビや冷蔵庫が完備されていてホテルと遜色ない設備が整っている。
「検査の結果何もなかったのはいいけど……警察も怪我人相手なんだからもう少し手加減してくれて良かったんだがねぇ……」
絢水は里英を労るようにボヤく。
経緯は別としてもこれは明らかな傷害事件だった。エリモンのアバターを重ねる前の生のカメラ映像にそれが残っており、脇田は逮捕。里英も一時間に渡る警察の事情聴取を受け切って今に至る。
「ま……まぁ……今日のニュースで取り上げられれば儲けもんだよね? ね? 慶センパイ!」
「そうだけど……そうでもないだろ」
里英が苦し紛れにそう聞いてくるも、首を大きく首を縦に振ることはできない。
名を売る事だけを見ているなら里英の発言も正しい。ただ、里英の両親は彼女の活動を快く思っていなかった。里英の両親からすれば娘が知らないところでこんな活動をしていたなんて分かれば激怒することは必至だ。
「里英! 大丈夫か!」
嫌な予感は当たるもので、里英の両親らしき人が飛び込んできた。
里英が病院に運ばれて3時間ほど。仕事があるとはいえ、すべてを投げ売ってやってきたとは思いづらい時間だ。『娘が倒れたRTA』があったら下位半分に入るくらいのスコアだろう。
「お父さん、お母さん。やっほー! ここ、系列の病院なの? 皆すっごい丁寧なんだけど!」
里英は配信のとき並にテンションを上げて両親に挨拶をする。
「ここはただ院長と知り合いで……いや、それよりもだ。誰が企画したんだこんなこと!」
俺は責任のすべてを被るつもりでここで待っていた。俺が一歩前に出ると、里英の父親は「襟裳 英春」と書かれた名刺を渡して俺を外へ連れ出した。
◆
英春さんに連れてこられたのは病院の奥にある応接室。本来は病院の関係者が使うのであろうフカフカのソファにどっしりと座るので顔の利き方はかなりのものだろうと察する。
「来られてすぐですが……来る途中に娘さんの状態はお聞きになったんですよね?」
「当然だろう。誰よりも大事な一人娘だ。無事が確認出来たから次のステップに進んだだけのことだよ」
次のステップ、つまり原因の究明ということだろう。
「そうですか。今回の事は全部俺の責任です……申し訳ありませんでした!」
「謝罪は受け入れる。だが、金輪際娘には関わらないでくれ」
「そっ……それは……」
それは里英の意思に反するのではないか。そんな疑問が頭をよぎるが、それを主張するのは俺ではなく里英本人だと思い口をつぐむ。
「なんだ? 言いたいことがあるならハッキリと言いなさい。ここでは肩書は不要。父親として話すが……大方娘を騙して入り込もうとしていたんだろう。君のような男はこれまでもわんさかといたからね。親はどこの会社だ?」
英春さんは俺がどこかの会社の跡取りか何かで、金目当てで里英に近づいたと勘違いしているらしい。
「そんな理由ではありません。里英さんを応援しているだけなんです」
「ハッ……応援? あんな絵を被って話しているだけで金をもらって、一体どれだけこの国に貢献しているんだ? 虚業だよ、あんなのは」
「虚業であっても需要があるから金を払うんです。海産物と何も変わらないと思いますが。腐って捨てられる物でもないですから。投資に対するリターンの広がりは一次産業の比ではないと思いますが」
英春さんの眉がピクリと動く。
「ほう。意外と詳しいじゃないか。最低限の勉強はしているようだな。これまで近づいてきた奴らは散々だったよ。やれ駄菓子屋だの、八百屋だのと言ってたからな。とんだドラ息子達だよ」
襟裳商店という名前だけ聞くとそう勘違いしなくもないが、さすがにそれは一般常識だろう。里英にはなしかけていた人達のレベルの低さに俺も釣られて笑いが出てきたのだが、「何がおかしい」と言いたげな英春さんの視線を受けて真顔に戻る。
「まぁ……何にせよ、君はここまでだ。大人しく身を引きなさい」
「お……お断りします」
「君に断る権利は無いんだよ。これはお願いではないんだ」
「では、俺からお願いです。里英さんにこれからも活動を続けさせてあげてください」
英春さんは面食らった顔をする。
「きっ……君は自分の立場が分かっているのか? お願いできるような――」
英春さんが苛立ちを隠さなくなってきたところで応接間の扉が開き、母親と絢水に支えられて里英が入ってきた。
「お父さん! 慶センパイは悪くないから! 私が無理言ってやらせてもらったの! それに……ちょっと張り切りすぎて相手を煽ったのも私だから……」
「里英! 向こうで寝ていなさい!」
「嫌だ! 慶センパイを許してくれるまでここから離れないから!」
里英の本性であるワガママっぷりが見事に炸裂する。だが、英春さんは目を丸くして里英を見つめる。
「そっ……そんなワガママ言ったことなかっただろう……これまでみたいに言うことを聞いてくれないか」
「嫌だ! 嫌だ! 慶センパイとこれからも仲良くしたいもん! 絢水さんやメル先輩、美玲ちゃんと遊びたいもん! 駄目なら家出するから! いいの!?」
里英の言い分は駄々っ子そのもの。論理的な説得も皆無にひたすら自分の感情をぶつけているだけ。
だが、英春さんの口ぶりからして、里英は聞き分けがよくこんな風に我を貫こうとしたことはなかったのだろう。
「り……里英……お前……」
里英と俺を交互に見ながら英春さんは絶句する。
「っていうかお父さん、慶センパイの事知ってるの? 袖川慶。うちの大株主だよ」
出来れば切りたくはなかったカードを里英は惜しげもなくここで切った。
英春さんも顔を青くして俺を見てくる。
「え……えぇと……そっ、袖川……様?」
「はい。袖川慶です」
英春さんは椅子から飛び降り、床に正座する。
「そ……そうとは知らず、大変失礼なことを……」
「ちょ……ちょ! やめてくださいよ! ここでは肩書は関係ないんでしょう?」
「いやはや……私としたことがとんだ早とちりを……娘の事はこれからもお願いしますよ! えぇ、袖川様なら問題ありません。いつも株主総会の際はご助言ありがとうございます。今度は是非会場にもお越しください」
英春さんの手首の関節はぐにゃぐにゃ、舌は二枚あるらしい。それくらいにさっきまでとは態度が違うし、言っていることも真反対だ。
「ま……まぁ、考えておきます。それより里英さんのこと、これからはきちんとしたいんです」
「彼女の活動を認めてあげてください。元々くすぶっていたけれど、世に出たら今の人気になったんです。ポテンシャルは高いと思います」
「それは……分かりました。私達もバックアップします。ですが、そうなると襟裳商店の跡継ぎが……」
そう言いよどみ英春さんが俺を見てくる。
「えぇ!? いやいや! お父さん! 私は自分の好きな人だって決めてるからね! 勝手に決めないでよ!」
里英はそう言って俺の隣に座り込む。
「すっ……好きな人、いるのか? 里英」
「いや……まぁ……」
里英は顔を赤くしてチラチラと俺を見てくる。
「でっ、でもでも! 付き合ってないし! こ、これから……だから……」
里英は湯気が出そうなくらいに頬を赤くしている。頭の傷が再び開きそうで心配になってくる。
「袖川様、ということでまずは友人兼社外取締役からでいかがでしょうか?」
英春さんは手揉みをしながら俺にそう言う。どこまでも調子のいい人だ。
「出資はしませんよ……」
なにはともあれ、里英の活動が続けられるようで一安心。
皆で里英の病室に戻り、夕方のニュースで脇田の件が報道されているのを眺めるのだった。




