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「おい……あれ、襟裳さんじゃないか?」
「本当だ。なんで2年の教室に来てんだ?」
里英と話した翌日、昼休みの終わり頃、教室がにわかにざわつき始める。
「慶、見て見て。襟裳さんだよ。可愛いよねぇ」
俺の席にやってきて雑談していたメルも教室の出入り口からヒョコヒョコと顔を覗かせては引っ込めている里英を見ながらそう言う。
「有名だよな。あの襟裳商店の娘だし」
「それもあるけどさぁ……私でも好きになりそうだよ。髪はサラサラ、顔は可愛い、スタイル抜群、おっぱいでかい、性格良し、おまけに実家はお金持ち」
メルはラッパーのようにリズミカルに里英の特徴をあげていく。人によって理由は違えど、有名人であることは間違いないようだ。
「まぁ……そうだよな」
そんな誰もが羨む里英が裏の顔では言葉を選ばなければ底辺層ともいえるレベルのネット声優をやっている事はこの学校では俺しか知らないのだろう。
何となく心当たりがあるのと、変に絡まれたくないので明後日の方向を見る。
「でも、本当何してるんだろうね? 彼氏でもいるのかな? うわうわ、こっち来てるよ」
里英を観察していたメルがアイドルを見たかのような喜び方でペシペシと俺の方を叩く。嫌な予感がヒシヒシとするものの、鬼の心で窓から外を眺める。
「あの! 石油王さん!」
里英の声が間近でする。
「え? 慶って石油王なの?」
メルが何か言っているが、俺の名前は石油王ではないので無視。
「おーい! 資産一兆円の石油王! 株主! 資本主義の犬! 個人投資家のK! なんで入り口からチラチラ見てたのに無視するの!」
「あれって柚川だよな? なんで襟裳さんが話しかけてるんだ?」
「違うよ。油川だよ。石油王らしいし」
「抽川じゃないか? 資産一兆円とかどういう冗談だよ」
俺が里英にロックオンされているのは明らか。袖川という俺の名前を字面であやふやにしか覚えていないクラスメイトがざわつき始める。
「え……襟裳さん、ちょっと外に行こうか」
このままだと本当に俺が投資家だとバレてしまう。努めて冷静に、目立たないように里英に話しかける。
「えぇ!? 慶って襟裳さんと知り合いなの!? なんで!?」
メルも目を丸くして驚いているが、説明は後回し。机から立ち上がると、里英の手を引いて教室から逃げるように出た。
◆
やってきたのは人気のない屋上。
「あのなぁ……いきなり教室に来てあれこれ叫ぶなよ。あれは秘密にしてんの」
風で靡く髪を抑えながら、里英は声を上げて笑う。
「そんなのズルいよ。私は襟裳商店の娘ってバレてるんだし、皆もバレてる。慶センパイだってバラしたらいいじゃんか。そうしたら、金野君だってイジメな――」
「やめろって!」
一日であれもこれも調べ上げてきたらしい。俺が個人投資家Kということは株主の名簿を見ればすぐに分かるだろうし、言い触らされなければそれで良かった。
だが金野のことまで筒抜けとなると、気恥ずかしさが出てきてしまい、つい語気が強まる。
「あ……ごめん。でも……」
「金野のことはほっといてくれ。そもそもなんで教室に来たんだ?」
「もちろん、昨日の話の続きだよ。私を助けて欲しい。お願いします」
里英はそう言って頭を下げる。
「そ……そんな改まるなよ。そんな大したことじゃないんだし……」
「大したことだよ! これ、機材のリスト! で、こっちがレッスン費用の見積もりね。後はこれが――」
里英は次々と金の入った表を見せてくる。
「ちょ……ちょ……待て待て。確かに出すとは言ったぞ。でも無尽蔵に出すわけじゃない。あくまで投資なんだ。リターンの見込みも無しで金なんか出せないぞ」
リターンの無い投資はただの浪費だ。リターンが出るように頭を捻るのはいいのだが、里英からはそのことが抜けているらしい。
「リターンねぇ……私は声優……うーん……でもvTuberもやりたいし歌手もしたいんだよね」
「何だよそれ……マルチタレントってことか?」
「うん! 可愛くて、歌って踊れて話せる人気者。それが私の目指す姿かな」
業界に縛られると必然的に頭打ちも見えてくる。あれもこれもやりたいという意思があるのは良いと思えた。
「まぁ……でもやることによって稼ぎ方は違うよな」
「稼ぐことは目的じゃないよ? 皆に褒められて、元気にしたいだけだから。慶センパイだって私のラジオ聞いてくれてたんだよね? 『いつもエリモンの声に癒やされて仕事がんばれます』by K。これって慶センパイでしょ?」
里英は混じりっ気のない笑みでそう言う。固定リスナーは数十人しかいないラジオなので、特定も一瞬だった。
「よっ……読み上げんなよな」
それにしても、「稼ぐことは目的じゃない」なんて、ネット声優で稼げなくても生活には不自由しないからこそ出る発言ではあるのだろう。
「まぁ……金だけじゃないとは言うけど、それも大事だしついて回るもんだぞ」
「でも、私はそうやってたくさんの人を癒やしたいし元気にしたいだけだから。対価は要らないんだ」
「俺は……反対だな。それじゃ俺の金が無くなるだけだろ。里英は楽しいかもしれないけどな」
「慶センパイはお金が増えると楽しいの?」
里英は純粋な目でそう尋ねてくる。
確かに言われてみれば、そういう発想から抜け出して、金にできない何かを見つけるために新しい目標を探していたのだった。
まだ投資でどうこうという視線が抜けきっておらず、つくづく自分のルーチンになっていたのだと自覚させられる。
「いや……まぁ……そうだな。でも何の目標も無しにダラダラやっても仕方ないだろ? 元気とか癒やしとか、抽象的すぎるんだよな」
「むぅ……ロジカルですなぁ……」
里英が何を目標にするのか頭をひねっているが、それが俺の役目なのだろう。むしろ、里英は人を元気にするための技術を磨くべきなのだから。
「ま……分かったよ。大きな目的は里英の活動を通して皆を元気に……癒やすのか? とにかくそんな感じだな。どうなれば達成なのか、具体的な定量化の方法は俺が考えるよ」
「あ……じゃあ、私を助けてくれるの?」
念押しのように里英が上目遣いで聞いてくる。
メルが言っていた、里英の可愛さというのが存分に伝わるアングルだ。
女子ですら惚れるほどなのだから、俺も里英を見ていると顔が赤くなってくるのがわかる。
「やっ……やるよ。里英はとにかくやりたいことをやってくれ。何を目標にするのかは二人でまた決めよう」
「やった! ありがとう! 慶センパイ!」
里英は飛び跳ねながら俺に抱きついてくる。
むにゅん、と胸がひしゃげる感触があり、これならグラビアで皆を元気に、なんてアイディアも生まれてくるほどだ。
「い、いいから離れろよ!」
「えぇ!? これ、メリットにならない? 投資のリターンだよ」
「なっ……なるかもな」
俺の返事を聞いた里英はまたニコニコと笑うと、味を占めたようにさらに体を押し当ててくるのだった。




