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総資産:¥1,000,419,481,053
「やっと超えたぞ……」
総資産一兆円を達成した画面のスクショを保存する。
ゲーミングチェアの背もたれをギィと倒し、感慨にふける。
親は巨大ファンドを率いる投資家。俺も小さい頃から投資のイロハを叩き込まれ個人投資家Kとして素性を隠して活動。そして高2の夏休み、遂に目標としていた総資産一兆円まで到達した。
だが、ふと思う。
次は何をすればいい?
2兆円を目指せば良いのか?
ここまでくれば、金が金を生む。寝ているだけでいずれは達成するだろう。目標達成に向けてあくせく考えて行動していたこれまでとは違い、単なる作業ゲーが待っているのは明らかだ。
背もたれを上げてもう一度考え込む。
袖川慶は何をしたいのか。
「うーん……何もないな……」
これが燃え尽き症候群らしい。これまでは投資家として穴が開くんじゃないかと思うくらいに経済新聞や株価のチャートが表示されているモニターと向き合っていた。
それが急になくなると思うと、何をしたらいいのかわからないのだ。
考え込んでいると、ピピピとアラームが鳴動した。
そういえば今日から二学期が始まるのだった。
投資に明け暮れた夏休みが終わる。
金はあるが、高校は行くし大学も出ておきたい。中卒だけど金はある、なんてマウントのとり方はダサすぎるからだ。
だから、仕方なく制服に着替えて、気乗りしないまま学校へ向かうのだった。
◆
「おっす、慶。久しぶりだねぇ」
「おう。久々だな」
教室に入るな否や、唯一の友人である剣先メルが挨拶をしてくる。何故か俺に懐いていて、犬のようについてくる女子だ。
メルという名前だが両親は日本人。
癖毛のショートカット、シャツ出しのスタイルは、金持ちの子供が多く通っているうちの高校では異質な存在。だが、本人はそれを気にもせずに我が道を行っている。
「ってか色しろっ! 外に出てないの?」
メルが俺の腕を見て目を丸くする。
「まぁ、昼間に出ることないよな。夜になりゃ惣菜も弁当も半額だ。スーパーに行くのは夜だけだよ」
「相変わらず庶民だねぇ」
「そりゃお互い様だろ」
この高校は金持ちの子供、例えば上場企業の社長の子供や地元の名士の子供なんかが多く通っている。
そんな中で生まれが庶民な俺やメルみたいな存在は爪弾きにされがちなので、妙な結束が生まれているのかもしれない。
まぁ、俺の総資産はさすがにメルには教えられない。知られたらメルも俺のことを別世界の人と見てくるかもしれないからだ。
「でさでさ! 新作の映画、見に行かない? 高校生割引とカップル割引、誕生日割引が全部適用されるまたとないチャンスなんだよ!」
メルははしゃぎながら俺を映画に誘ってきた。
「映画か……割引マシマシで幾らになるんだ?」
「うーん……こっちは30%で……これで……400円くらいかな?」
「たっけぇな……ネトフリでいいだろ」
「慶は相変わらずドケチだねぇ……」
メルは呆れた顔で俺を見る。そう、俺は自他ともに認めるケチだ。
半額シールが貼られるまで惣菜は買わない。家にあるのはパソコンとベッドくらい。
無駄遣いする金があったら投資に回す。そんな生活をしていたら自然とケチケチするようになってしまっていた。
「ケチケチしないと金も貯まらないからな」
「うーん……じゃ、私が慶の分も出すよ」
「タイムイズマネーだぞ。400円で俺の2時間を買うのか?」
「そんなんだから友達居なくなるんだよ。ほら、どうせ帰宅部だから暇でしょ? 放課後行くからね!」
メルは俺にデコピンを一発かまして自分の席に戻っていく。
メルはこうやって俺を無理やりにでも連れ出してくれるので有り難いといえば有り難い。
2時間分、マーケットに張り付いていたらどれだけ稼げただろうか。
いや、もうそういう考えは辞めるのだった。
今日で投資家は卒業。自由にやりたいことをやる。放課後に映画を見たっていいし、昼休みに慌てて売り注文を出さなくても良くなったのだ。
いつもの日常がなくなってしまったような妙な喪失感を覚えながら、夏休み明け初日はあっという間に終わっていった。
◆
放課後、トイレを済ませてメルとの待ち合わせ場所に向かっていると、急に物陰から人が出てきた。
「よう、袖川クン」
金野猛、坊主頭で学年のボス的な存在だ。
親は寿司チェーンを中心に全国展開している金野ホールディングスの創業者だった気がする。
一応、それなりに株も保有している。金野のことは嫌いだが、親の経営手腕は確かだからそれとこれは別だからだ。
で、こいつのことが嫌いな理由は――
「来いよ」
VIPのように俺を取り巻きで囲い、人気のない校舎裏まで誘導してくる。
校舎の凹凸の隙間に押し込められ、出口を人で塞がれる。
「袖川、いつものやつ」
「いつもの?」
とぼけて聞き返すと拳が飛んでくる。
「ぐっ……」
「金に決まってんだろぉ!? 早く寄越せよ!」
俺が金野が嫌いな理由がこれ。すぐに手が出るし、親からたんまり金をもらえるだろうに俺から小金をせしめるところ。
「こっ……これで……」
財布から千円札を数枚取り出して金野に渡す。
不本意な金の使い方だが、健康が数千円で買えると思って割り切るしかない。それにこの数千円の原資はこいつの親父さんが稼いだ金から出てきた配当金。ただ俺と金野で金がぐるぐる回っているだけの話だ。
「おう、ありがとな。ん? ゼロが足りないんじゃないか?」
ニヤニヤしながら俺を見てくるので財布から諭吉を数枚取り出す。これも配当金。どのみち優待券は売り払うのでプラスだ。どうせ、こいつのところのマズい寿司なんて食べに行かない。
「これだよ、これ! ありがとな!」
金野は俺から諭吉をもぎ取ると取り巻きに渡す。
そして、離れ際に笑顔で腹に蹴りを入れてきた。
「ぐぅっ!」
「あ、わりぃな。足が滑っちまったよ。ハハハハ!」
金野達の笑い声が遠ざかっていく。
「俺は……お前の親父の会社の株主だぞ……」
強がりの一言でも言ってみたが、誰にも届かない。金野ホールディングスはまだまだ成長が見込める。今手放すわけにはいかないのだ。
一時の感情に任せて売買なんてしていたらダメ。耐えて耐えて、耐え忍ぶしかない。
そのまま校舎を背もたれにして俯く。
「ラ〜〜ララ〜♪ ん? 誰かいるの? えぇ!? 大丈夫!?」
可愛らしい声がしたので痛みに耐えながらゆっくり顔をあげる。
校舎の隙間を覗き込むように顔だけを覗かせてこっちを見ている女子がいた。見てはいけないものを見てしまったかのような、引き攣った顔をしている。
だが、引き攣った顔も絵になる人だ。それくらいに可愛いし、可愛いからこそ歪む顔も絵になるのだろう。
「大丈夫。ほっといてくれ」
「いやいや! ほっとけないでしょ! 誰にやられたの?」
「いいからほっといてくれよ!」
カツアゲされた上、腹を蹴られて動けなくなっていたなんて恥ずかしくて言えるはずがない。
その子は「うーん……」と悩んだ挙げ句、俺の横に座ってきた。
苺のような甘い香りがする。発生源と思しき黒くて長い髪の毛を耳にかけて、俺の方を見てくる。
「じゃ、仕方ないから私もここにいるね。襟裳里英。逆さに読んでもエリモリエ。呼び方は里英だよ。よろしくね」
里英はそう言って俺の頭を優しく撫でてきたのだった。




