プロローグ・EX
一夜明けた早朝。
街の復興が行われている最中、混乱と喧騒に紛れ、私とシャールは速やかに脱出した。
罪滅ぼしの気持ちが無いわけではない。
だけど今は。邪神・クァルボスという、切り札を失った教団がどうなったのかが気がかりだった。
心配、ではなく、私たちにどんなことをしてくるか、だ。
本来なら私とシャールは捨て駒。イケニエ。
それらが生き残り、かつ、切り札を失くした彼らが、私たちに責任を取らせようと刺客を送って来ないとも限らない。
「急ぐわよシャール! 身体も重いだろうけど、走って……ん……?」
「アレは……?」
身を隠しながら、足の長い草原を行く。そんな私たちの前に、昨日見た者の姿があった。
「あいつは……」
昨日、クァルボスにトドメ(?)をさした、小太りの男だ。見れば見る程普通の男だ。いや、普通よりも弱いかもしれない。体型もだらしないし。
「ラチカ……」
「えぇ……、分かってる。たぶんもう逃げられない」
「同感だ。下手に隠れるよりは、話してみよう」
私は同意して頷く。
向こうも私たちを発見したのか、「おぉい」と手を振ってきた。
敵意は……無さそうね?
「本当に居た。やっぱすげぇなヘリオスちゃんの感知力は」
私たちが近づくと、男は何かに関心したような言葉をつぶやく。
まぁその言葉に何か意味があるとは思えない。
重要なのは、今ここで、私たちが死ぬかどうかだ。
「単刀直入に聞くわ。あなた、私たちの敵? 味方?」
「いきなりだなオイ……。まぁいいや。えーっと、『敵』だよ。俺たちはお前たち、『クァルボスの瞳』の、敵だ」
「…………」
とてもあっさりと、『敵』だと言い張る彼。
しかし言葉とは裏腹に、敵意は全くない。むしろ歩み寄ろうとしている空気さえ感じる。
「敵……なのよね?」
「えーと……、というか、なんというか……」
何とも煮え切らない小太りの男。
昨日の光景さえ見ていなければ、口封じに襲い掛かっているところだ。
私たちが不振がっていると、男は「そうだな」と口を開く。
「敵だったんだけど、もう敵ではなくなった」
「それはどうして?」
「きみらと敵対する理由が無くなったから、かな?」
「どういうこと?」
「うん。きみらが所属してた、俺たちの敵である『クァルボスの瞳』は……、昨日、壊滅したから」
「「…………は?」」
「……うん。昨日きみらも見たろ? アイツらの強さ。アイツらが昨日、一晩で、全部終わらせちゃったので……」
「「…………はぁぁぁッッ⁉」」
終わらせた。……終わらせたッ⁉ 教団を⁉ 裏社会で暗躍する、あの大きな教団を、一夜で……⁉
「まぁ、世界各地の拠点は潰してないけどな。本部にいきなり乗り込んだから」
「本部に⁉ 直接⁉」
「正気かキミたち⁉」
「いやまぁ、正気かどうかって言われると、正気ではない寄りだけども……」
俺じゃ無くてみんながねと、どこか申し訳なさそうにする小太りの男。
「い……いやでも! 本部に侵入するためには、世界各地にある拠点が守る封印を破壊しないといけないわ! そうじゃなきゃ、あの強固な防御結界は突破出来ない! 伝説の魔獣ですらも弾かれるのよ⁉」
「いやそんなんじゃ無理だよ。止まんない止まんない」
「止まんないワケないでしょ⁉」
「止まんないんだよなぁ……」
どういうコトよ……。
聞けば聞くほど頭がおかしくなりそうだった。
「まぁ……、そんなわけだからさ。きみらの居た組織はもうなくなったんだ。だからもう、俺たちはきみらの『敵』ではない。……改めて敵認定するなら別だけど」
「そんな……こと……」
出来るわけがない。
人が良いから、とかではなく。単純な戦力差の話。
教団という後ろ盾があったとしても勝てそうにないのに、もはや教団の番号員ですらなくなった私たちが、敵う相手ではないのだ。
「ラチカ……」
「……そうね、シャール」
彼女に肩を叩かれ、私も覚悟を決める。
もうこうするしか無かった。
「――――命だけは勘弁してください」
「――――奴隷になります」
「いやちょっと待てぇッ⁉⁉⁉」
……?
何を狼狽しているのかしらこの男は。
「なに……なにやってんだお前らァ⁉」
「何って……、命乞いの全裸土下座だけど?」
「当然ですけどみたいな声色で言うなァ⁉」
「普通だよねラチカ? 死にたくなかったら自分の操を捧げる。当然のことだ」
「そうねシャール。……まぁ戦闘行為とは違った痛さがあるらしいけど、どうにか耐えて見せるわ」
「俺の方がマイノリティだと⁉」
とにかく。
違ったらしい。
服を着ました。
「……俺を何だと思ってんだよまったく」
「え……? 隙あらばエロいことしたいおじさんじゃないの?」
「見たところ四十代くらいなんだ。自分が優位に立った時点で、性的なお仕置きをしてくるに決まっているよねえ?」
「お前らの人生観おかしいぞ」
世の四十代男性に謝れと男は言って続ける。
「俺はベル……昨日のバニーガールに言われて、お前らにお願いをしに来たんだ」
「お願い……?」
「性的な……?」
「性的なことから離れろ」
男は「そうだな」と仕切り直す。
「俺たち『勇者』の一団は、世界各地の異変を報告してくれる、協力者を求めてる」
「協力者……?」
「そうだ。だけどこれは、一般人じゃ勤まらない。何せ昨日みたいな事件が起こりそうなところに出向いてもらわなきゃいけないワケだしな」
昨日の事件。
大きな町が地中に沈むはずだった、超大規模な事件だ。
「ときには戦禍に出向いてもらうこともあるだろう。何日も不眠不休が続くかもしれない。戦闘以上に過酷なときもあると思う。それでも……、世界のために。きみらのこれまでの技術を、俺たちに貸して欲しい」
そう、男は言った。
何故だろう。彼の言葉に嘘は無いと、純粋に信じられるような言葉だった。
「世界のため……ねぇ。私たち、だいぶ世界と敵対してたわよ」
「そうだねぇ。だって、世界を滅ぼそうとしてたんだから」
「まぁそこは、ほら……、結果的に、世界は滅んでないからセーフってカンジで……」
「……フフ、なによそれっ」
「馬鹿の発言だねぇ。おかしいや」
間抜けな返答に、ついぞ笑ってしまう。
こいつが昨日、とんでもない力を使った(?)ことも忘れて、まるで子供に戻ったように、大笑いしている自分がいる。
「……はー、笑ったわ。……分かった。私はオッケーよ。シャールは?」
「元よりボクは、行く当てのない麗しの戦士さ。求められれば応えるとも」
「……自己評価が高いのは結構だけど、私らだいぶ弱いほうだからね?」
しかもやるのは戦いじゃないし。潜入からの報告だし。
げんなりした私をよそに、男は改めて私たちに名乗った。
「俺の名前は、コースケ・フクワリ。――――『勇者・ベルアイン軍団』の、とりまとめだ。よろしくな」
その印象は、一本の木だ。
その弱々しい外見は、枯れ木のように、叩けばすぐにぼろぼろと崩れ落ちていきそうである。……なのに。
剥がれ落ちた外皮の、その奥には。けれどぎっしりと芯が詰まっているような。
そんな男だった。




