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プロローグ・7


「――――ひゅ、……ひゅ、……ひゅ」


 瘴気があまりにも濃すぎて、息が出来ない。

 この空間は既に、異界のものとなっている。

 ヒトがまともに生態活動を行うには、あまりにも不釣り合いだ。

 僅かながらでもヒトではなくなった程度では、適応できるものでは無かったらしい。

 脳が、内臓が、視界が、鼓膜が、正常では無いと悲鳴を上げている。


「はぁ――――はぁ――――はぁ、ぁ――――」


 冷たい。もしくは熱い。恐怖と畏怖により身体が震える。だけどそれで、まだ自分の四肢が正常に機能しているのだと分かるのだから皮肉なものだ。

「しゃー……る……」

「そ……だね……、らち、か……」


 凍えた身体を温め合うように、私たちは身を寄せて互いを掴み合った。

 もう、だめだ。一刻も早くここから逃げ出そう。あんなモノの戦いを見届けようなんて、ただのニンゲンがやっていいことじゃ無かったんだ。

 直視するだけで精神が削られていく。


「とにかく……、あっちに……」


 だけど遅かった。

 先ほどまでの影たちは、本能的にベルへと向かっていた。だけど悪魔たちは知性を持ち、刈り取れる命の元へとやってくる。


「――――あ」


 眼前に五体の悪魔。

 こういうとき、中途半端な知能の高さを恨む。

 さかしい私の頭は、もうどうあっても助からないということを、計算してはじき出してしまった。

 あぁ。絶対と絶命が襲い来る。降りかかる。

 啄む嘴。尖る爪。

 邪なる身体と魔なる翼は、一斉に私とシャールの肉を食い漁る――――



「あ~~~~~~~~~クッッッッッソザコじゃのう~~~~~~~~ッッ♪」



 爪が肉へと刺さる瞬間。

 天の彼方より、イキり散らし、とても耳につく――――クソガキみたいな声が聞こえた。


「え……、はぁっ……⁉」


 こちらへと迫る凶爪は、空から降り注ぐ神聖な光弾によって消失する。

 私たちの身体の薄皮一枚手前を通過した光。その出所であろう空を見上げると、そこには、腕組みをしてふんぞり返った……これまたバニーガール衣装の幼女が浮いていた。

 そしてフ……と笑ったかと思うと、明確に私たちを見て口を開く。


「ダ……」

「ダ……?」

「ダッッッせええええのじゃああ~~~~~~! やっぱニンゲンはクッッッソ雑魚じゃの~~~~~ッ! わらわが居らんと死んじゃう生物とか、雑ッッ魚ぉぉぉぉ~~~~~ぷぷぷ~~~~ッッ♪」

「……アァ?」

「ラチカ、言いたいことは分かるけど、抑えて……」


 いま、よゆう、ない。

 シャールの呟きに、私もぐっと感情を抑える。

 ……ハァ⁉ なにあのクソガキ⁉ 絶体絶命の状況だってのに、イラつく感情が優先しちゃうんだけど⁉

 たぶん助けてくれたんだろうけど、自分の力が圧倒的だということをわざわざ誇示してくるとか、性格が悪すぎる。

 白い肌に白いバニーガール衣装。げらげらと笑うのに合わせ、頭の上のウサミミがムカつく揺れを見せていた。

 だけどそのイラつきも、すぐに顔を引っ込める。

 ベルと同じようなバニー衣装をまとった幼女は、その小さな矮躯とは裏腹に、特大の光魔法を放つ。


「わらわのぉ~~~~~なんか凄い魔法をくらえッッ!」


 放出。後、消滅。

 まるで悪戯をする童女のような笑いと共に放たれた一撃は、こちらを囲んでいた悪魔たちを一斉に灰燼へと変えた。


「す……ご」

「は~~~~~ッ♪ よわよわ概念(せいぶつ)が一掃されてスッキリじゃのう~~~♪ やはりわらわは最強じゃぁ♪」

「……凄いんだけど、引っ叩きたくなるわねあの笑顔……」


 小さな矮躯に尊大な態度。そして、絶妙にイラつく表情(ツラ)

 カワイイ顔とギリギリのラインだ。分からせてやりたくなる。

 自身の身長と同じくらいの長い銀髪が、さらりと揺れると同時、彼女は遠くの方角を見やった。


「なんじゃぁ、向こうも向こうでおっぱじめおったか♪」

「え……?」


 釣られて視線の先を見る。

 するとそこにも、空を舞う二つの影があった。

 白い肌と黒い肌。

 黄色いバニーと緑のバニーだ。


「またバニー⁉」

「それもまた強いね……!」


 二つの閃光が通過するたび、悪魔の軍勢が粉々に切り刻まれていくのが分かる。

 何かを高速で振るっている。……あれは、剣と鎌?


「ほいよ~っと♪ ヨユーじゃん☆」

「油断すんなし~……。まじダルでしんどみ……ほい終わり~」


 灼熱のような斬撃。

 中空に舞った無数の切り傷は、瞬く間に、闇に覆われていたソラを取り戻す。

 衝撃を残した、たった二人の影は。余裕のある風情で腰に手を当てて談笑していた。


「どよどよルチェちん♪ 派手さでは負けね~し」

「威力でも負けね~けど」


 重い斬撃とは裏腹に、軽い言葉遣いだった。

 残りの悪魔を簡単に斬り払いながら、彼女らは笑い続ける。


「およ、向こうにも湧いてるや」

「問題ないっしょ~。だってアッチの管轄(ナワバリ)は、アイツでしょ?」


 二人の言葉に釣られ、今度は西の空を見る。

 そこには極大の黒点。歪なカタチを奇妙に膨らませながら、街全てを飲み込まんと蠢いていた。――――だがそれも、一瞬のうちに終わりを告げる。

 斬撃による撃破という意味では同じだった。

 しかし細切れではなく、一刀両断。

 魔力を纏った光り輝く一撃は、自分の何倍もの体積を持つ巨大な悪魔を、上から下まで二つに分かつ。


「エグエグのエグだねぇ」

「ほ~んと、ニンゲン辞めてきたねえアリしゅも♪」


 見守るように笑う、白と黒のギャルバニーたち。

 アレが……、私たちと同じ人間種? あんなことが出来るヒト種がいるっていうの?

 いったい何が起こっているのか。

 次から次に巻き起こる怪奇現象に、私の脳は追い付くことが出来ない。


「なァに。ぬしらはゆっくり座っておれ」

「ベッ、ベル……⁉」


 いつの間にやら後ろに居たベルが、腰に手を当てて笑う。

 暴れて満足したという笑顔もあるのだろうが、どこか、援軍に来た人物らを愛しそうに見つめているような気がした。


「もう五分といったところじゃ」


 五分。

 この暗黒は、ある意味私とシャールが命がけで生み出し、呼び寄せたモノだ。

 今までの体験。これまでの経験。全ての知識を総動員して、巨大な街を召喚サークルに見立てたのだ。

 私たちの全てを、五分でオシマイに出来るのか。


「はは……は……」


 乾いた笑いが口を吐く。

 それと同時。彼方の上空より、メインディッシュがやってくる。

 邪神・クァルボス。

 不完全な召喚とはいえ。一度はこの世を終わりに導いた、世界と世界の狭間に巣食う災いの化身である。


「ワシの仲間と――――そして主人は、強いぞい」

「主人……」


 それはつまり、この一騎当千の猛者たちを束ねる、軍団の(おさ)ということで。

 彼女たち以上のチカラを、携えている人物ということになのだろうか。


「クァハハハ! まぁ確かに、ある意味人の領域ではないのう」


 ベルの言葉と同時。

 そこに、ただの人間が姿を見せる。

 身長は百七十センチ、あるかどうか。勿論勝負は大きさではないけれど、それでも、サイズが違いすぎる。

 対する邪神の真体は、ゆうに三十メートルはあるだろう。

 建物よりも、外壁よりも巨大なクァルボスの前に。

 その、百七十センチくらいのやや太った男は。悠然と立ったのだ。


「勝負にならないよ……、アレでは」

「シャール……」

「遠目から見ていても、わかる……。確かにあの男は確かに只者ではない空気を纏っている……。だけど……、ここにいるベルや、周りで戦っていた増援の者たちとは、明らかに強さが違う……」

「……そうね」


 ベルを見た時と同じように、そいつのヤバさというのは、一見で掴める。

 だけどはっきりと分かる。

 あの男は強くない。私たちよりも弱いだろう。


「クァハ。良い。許すぞニンゲンども。コースケを軽く見るのは、どの界隈のニンゲンでも同じじゃからのう」

「…………」

「じゃから、それが命取りじゃ」


 ヤツは、強さとか弱さとかの次元にいないと。

 バケモノは評した。明らかにただのニンゲンに対して。


「まぁ……、あの邪神の姿を前にして、平然としていられるのはおかしいが……」


 確かにそうか。邪神・クァルボスの身体は、ゆうに三十メートル。

 どす黒い身体にどす黒い瘴気。

 筋骨隆々の身体からは、ところどころ角のようなものが生えており、獰猛な牙や荒い息も、そこらの魔物とは比べ物にならない。

 あの両手がこちらを捻り潰しにかかってきたが最後。私らニンゲンは、たちどころに粉砕されてしまうだろう。


 私たちが固唾を飲み見守る中。

 男は口を開き、何かの言葉を発した。


「――――、――――……」


 それは一瞬の事だった。

 巨大な邪神・クァルボスの身体が、大きくよろめく。


「な……なにッ⁉」


 発した言葉はどうやら何かの呪文だったようだ。しかしそんなに強力なものとは思えない。だけど、クァルボスは巨体と瘴気を震わせながら、確実に苦しんでいた。

 そして次の瞬間。


「グォ――――オォォォォォォッッッ‼」


 天に向かって咆哮を放つクァルボス。この世の終わりかと思う程、大気を震わせる。

 衝撃に備えて目を瞑る。土埃に混じり、あの巨体から発された瘴気が混じって来ていた。

 五秒にも満たない沈黙。その後、目を開けた先には――――


「…………は?」


 邪神・クァルボスの巨体は……バニーガール衣装に包まれていた。

 邪悪な角が生え散らかる頭部からは、申し訳程度にちょこんと、不釣り合いなウサミミが乗っかっている。


「いや何があったッッ⁉」

「クァハハハ! クァハハハハハハッ! さすがじゃのうコースケェ!」


 この世を一度は滅ぼしたとされる邪神・クァルボスの、あまりにも強大な身体。それが何故か、ぴちぴちのバニーガール衣装に包まれているのだ。生きてきた中で一番混乱している。さかしい私の頭でも、何が起こったのか理解できない。


「あれを無効化(レジスト)出来んのなら、終わりじゃのう」


 撤収じゃとベルは笑う。

 視線の先の、三十メートルを超す巨体は。不釣り合いすぎるバニー衣装と共に、男へと従うように(こうべ)を垂れていた。

 そして後に、静かに霧散していく。


「ほんとに……、何なのよ……」


 こうして。この街を巻き込んだ事件は、最後はあっさりと幕を閉じた。

 破壊された痕跡が無ければ、よもや悪夢だったのではないかと思えるほどの、荒唐無稽な出来事だった。


「なんなの……。アンタらいったい、何なのよッ……⁉」


 震える声で私は、眼前のバニーガールに問いかける。

 正体不明の不安をかき消すためか。それとも、何も出来なかった苛立ちをぶつけているのか。もしくはそのどちらともかもしれない。

 私の怒号とも取れる声に、ベルはその長身をゆっくりと揺らし、振り返って応える。


「ワシらは――――勇者じゃ」

「ゆう……しゃ……?」

「悪しきを滅し、正義を成す。弱気を救い、ニンゲンを守る」


 ベルの、赤く鋭い瞳が、真っすぐにこちらを射貫く。

 綺麗な凛とした声に、私の心臓は穿たれた。


「ワシこそが、バニーの勇者。――――ベルアインじゃ」

「ベル……アイン……」


 そうニヒルに笑って。

 どこかで聞き覚えのある名前を持つウサギは、この場から颯爽と姿を消した。


 後に、私は知る。最近耳にする、冗談のような噂話。

 世界が混沌に満ちたとき。

 人は戦禍の中に、凶悪なバニーガールの姿を見たという、

 まるで英雄譚のような与太話を。






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