プロローグ・6
勿論戦力外だからと言って、何もしないわけでも無いし、役割が無いわけでも無かった。
『ここには既に、多くの魔なるモノが向って来ておる。それはもう止められんわい。なのでぬしらは住民への避難の呼びかけと、起動していない札を一枚でも多く除去してこい』
大都市アルゴール。その東西南北、隅から隅までを、シャールと手分けして駆け巡る。
避難勧告に札の除去。ある程度の道を頭の中に入れていたおかげで、存外スムーズに事が進行できた。
「住民避難、だいたい終わったわよベル!」
「こちらも完了したよ」
あれから四時間。
教団の魔力技術をフル活用した私たちは、出来る限りのコトを終え、ベルの元に戻った。街に人が全くいなくなったというのもあるが、やはりバニーガールという衣装は遠目からでも目につく。
「うむ。それではぬしらも、街の外に出ておれ。そうでなければ、ワシが暴れられんでのう」
「……馬鹿にしないで。自分の身は自分で守るわ」
「……そうだね。それに、この事態を引き起こしたのはボクらだ。責任もって見届けさせてもらいたい」
「気持ちは嬉しいが、そういうことではないんじゃ。ワシは特性上、ニンゲンに迷惑をかけられんようになっておる。じゃからぬしらが居ると、フルパワーを出すことが出来んのじゃ」
「そうなの?」
しかしなるほど。
私たちが観測していたとき。妙にパワーダウンして見えていたのは、人間の多い街中に居たからということか。
どういう制限を受けているのかは知らないが、ヒト種がいるところでは、力がかなり抑えられてしまうのだろう。
……ん? だけど助けに来てからのベルを、あまり弱いとは感じなかったのはどういうことだろうか。
「フム? なるほどのう。……くんくん」
「ちょ……、なによ匂いなんて嗅いで⁉」
「ふむふむなるほど……。ぬしら既に、ヒト種ではなくなっておるのか。外側だけは戻ったが、内側に悪魔が残っておる」
「はぁ⁉」
「なんてことだ……」
「まぁ時期に治るじゃろうがのう……。しかしなるほど。じゃからワシの制限も薄まった、か。相対しておったのが、ヒトでは無かったということじゃったのか」
言ってベルは、「ならばよい」と、強く笑う。
「ここに居りたいのならば好きにせい。じゃがのう。先も言うたが、ワシは全力で暴れるぞ。そしてぬしらの在り方は好感が持てるが、守りたいと思う程ではない」
「分かってるわよ……。自分のことは自分で、でしょ」
「ならばよい。……さぁ、それでは始まるぞッ!」
「え――――」
ベルが笑ったと同時だった。
地面より。
にょきんと、黒い影が現れる。
「は……ッ⁉」
黒い樹木のような影は、瞬く間に私の身体にまとわりつき、力一杯に体を締め上げはじめた。そして、その影はいたるところから発生してきている。
「ラチカッ! ……はぁッ!」
シャールの剣閃が、影を根元から分断する。
締め付けられていた力が一瞬緩んだ隙に、なんとか身体を脱出させることが出来た。
「はぁっ、はぁっ……、ありがと……!」
「お礼は後だ! 今は安全な場所に」
「そうね。……っ⁉」
今度は上空だった。
雲一つない青空に、突如として亀裂が走る。
そしてそこから流れ込んでくる、黒影、黒影、黒影。
空も大地も、混沌に侵食される。
青ざめた私とシャールは、とにかく安全な場所へと身を移すことにした。
「そうじゃ! さっさと行けェ! 間違っても、巻き込まれるんじゃないぞい♪」
「……ご武運を!」
魔法や歩方、これまでの全ての技術を使って、どうにか黒影から逃げ切る。
地面は破壊され、建物には亀裂が走り、空気はどんどん冷えていく。
吹き荒れる魔風。充満する瘴気。変わらず晴れ渡っている青空の方が、異常なほどだ。それほどまでに、事態は一気に侵食されていった。
「はぁぁッ! フッ!」
「やぁぁぁッ!」
そうして、何本もの黒影を打ち払い、少し離れた丘の上にたどり着く。
そこから見える、一人のバニーガールの姿。
それは。
この混沌よりも、より強力な力を放出させていた。
「なっ……⁉」
今更ながら。私たちが倒そうとしていたあのバニーガールは。
ヒトのカタチをしているだけのバケモノだと、思い知らされる。
「そぉらッ!」
美脚とも言える素足とピンヒールが、中空に弧を描く。
真空波だろうか、それとも別の魔力波なのか。ベルに襲い来る幾多の影が、瞬く間に切り裂かれていく。
「そら、そら、そらぁッ!」
一撃、また一撃。
翻ってもう一撃。
健康的な肌色の軌跡を前に、形が残っているモノはない。
魔風の中で、ウサギは跳ねる。踊るように、遊ぶように。
彼女の笑いは世界を摩耗させ、見ているこちらの時を奪う。
暴力的で畏怖すべき存在。だというのに、あのバニーはとてもきれいだ。目と心を奪い、逸らさせない美しさを秘めている。
「クァ――――ハハハハハハハッッッ‼」
様々なバリエーションの、影、影、影。それらをすぐさま切り刻み、更に暴風雨は加速する。街の被害は既に、魔の影よりもベルの方が多くなっている。
思いついたままに徒手空拳を振るい、物を掴んでは放り投げ、踏み込んでは大地に罅を入れ、建物は更地にされていく。
あんなモノと私たちは、先ほどまで一緒に居たのか。
一歩間違えれば私たちも、あの影らのように消滅していただろう。その事実にぞくりと身体は震えあがる。
「とんでもない……わね」
恐怖を逃がすため、無意識でそう呟いた。
酩酊している。そう錯覚するほどに、眼前の光景に足元がくらむ。
本当に現実に起こっていることなのか。私たちが行ってきたこれまでの戦闘行為。その全てを足してもまるで足りないほどの暴力性だった。
しかし――――
「うそ……」
「……ほぅ?」
更なる増援が空を覆う。それを見てベルは、にやりと笑う。
私はこの状況で笑えるヤツなんて見たことない。こんな状況を常として生きてきたヤツなんて、居るわけはないのだ。――――本来ならば。
だけどあそこで遊ぶウサギは。
「クァハハハハッ! 良い良い! そうでなくてはのう!」
魔に覆われていく空を見て、新しい遊び道具を見つけた子供のように目を輝かせる。両手を広げ、天に胸を突き出し、吠え、叫び、歓喜した。
戦闘は、激化する。
だけど、すぐに閉じる。
追加が、現れる。
それも、すぐに費える。
その、繰り返しだ。
いついつまでも続く、地獄のような光景の繰り返し。
生きている者は全員街の外に避難しただろうか。
少なくともこの空間で命を保っているのは、私とシャールとベルだけだ。
現象としての闇はどんどん払われ、世界が浄化されていく。
――――そうして、地獄のような一時間が過ぎたころ。
現れる。
本来、私たちをイケニエとして顕現するはずだったモノの、慣れの果てが。
完全なる姿ではないにせよ、一度は世界を滅ぼしたとされる邪神・クァルボス。
そしてそれに連れられた、真体の悪魔たちが。不釣り合いに綺麗な夕暮れの空に、翼をはためかせ漂っていた。
「世界の終わりって、こんな感じなのかしら」
私の呟きは、もう何の意味もなさない。
だって既にこの空間は。
暴力だけが支配する、原始の世界と化しているのだから。




