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プロローグ・5



 頭を潰される。胸を穿たれる。手足をぐにゃぐにゃにされる。全身の関節という間接を、くまなく外しちぎられる。――――ような、感覚だった。


「はぁッ……! はぁ……ッ! ……ッ、はぁ……っ⁉」

「おぉ、戻った戻った♪ 上々じゃわい」


 ヒトではなくなるという諦めの最中。意識を手放す瞬間だった。

 窓をぶち破り現れたバニーガールによって、私たちは再び姿はヒトに戻される。


「なに……、なに……がっ……」


 時間にして、約一時間。しかし、これほどまでに生きた心地がしなかった一時間も無い。

 まだ脳が混乱している。

 生死の境をさまよったからというのもあるが、単純に、姿カタチが変化したりしなかったりという現象に、体も脳も追い付いてこないのだ。


「クァハハハ。まぁよい、少し休むがいい――――と言えば、ヤサシい言葉になるかニンゲン?」

「……はぁ? ……まぁ、優しいわね、それは」

「そうか。ならば休め」


 疲れた脳では、相手の発した言葉を拾っての会話しか出来ない。だから、こんなどうでもいい返答になってしまった。

 休む。……そう、とにかく脳を、休ませて、回復させよう。

 私は【T2】。この街での名前はラチカ。そこで同じように呆けている【S9】と共に、この街に潜入工作にやってきた。任務に当たり、今朝方目を覚ましたら姿が異形に変貌しようとしていて、そこにいるバニーガールに、……おそらく、助けられた。


「……よし、質問するわ」

「お? 存外早いのう。()いぞ。答えてやる」

「これから――――この街には何が起こるの?」

「……クァハ♪」

「ッ……!」


 私の質問に。

 バニーガールは口角を吊り上げ、愉快そうに――――愉悦そうに笑う。


「クァハハハハ! 昨日も少し思うたが、なかなか面白いニンゲンじゃのう! 自分に何が起こったか、自分はどうすれば良いのかを問う前に、これからの事を問うてくるとは! いやぁ、強い強い!」

「……馬鹿にしないで。自分に何が起こったのかとか、これからの行動とかは、考えればどうとでもなるでしょ。重要なのは、おそらくこれから何が起こるか。それが分かってるであろうアンタが目の前に居るんだもの。どっか行っちゃわないうちに確認しておくのが先決よ」

「しかりじゃの。うむ、答えよう。しかしまずは、」


 バニーはおもむろに、かつりとピンヒールを鳴らして、言う。


「ちょいとこの宿の女将に謝ってくるでのう」


 格好に反して、意外とそういう常識はあるようだった。






 女将に三人でごめんなさいをした後、再び部屋へと戻った私たち。

 バニーガール――――ベルと名乗る女が説明したのは、なんとも荒唐無稽な話だった。


「……この街が沈む?」

「うむ。地の底へ沈む。丸ごとじゃ」


 沈むとは、滅ぶとか崩壊するとかの比喩表現ではなく、物理的な話らしい。

 地盤ごと、地中へと落ちていくのだという。


「それは、ボクたちが仕掛けていたものが原因でかい?」

「ほう、街中の仕掛けはぬしらか。そうじゃぞ。なかなかに面白いモノを持っておる」


 感心じゃと笑うベル。こんなバケモノ相手に隠し通せていた私たちが凄いのか、それとも感知に関しては精度が高くないのか。もしくは、仕掛けた相手の素性には興味が無いだけかもしれない。


「今からおよそ四時間後じゃな。この街は一気に、地中へと沈む」

「…………」

「かつ、大量の魔物が押し寄せてくる」

「……はぁ⁉」

「そこも説明するわい。……ううむ、勇者(・・)とはこうも面倒か。まぁ、それも一興としておこうかのう」


 やれやれと面倒そうに、しかしやはりどこか楽しそうに笑い、ベルは綺麗な人差し指を立てた。


「ぬしらが仕掛けていた物じゃが、本来は封印と攻撃を行う札で間違いはない。しかし、特定の組み合わせや一定の混ぜ具合で、まったく異なる性質に変化するものもあるのじゃ」

「そんなの全然知らなかった……」

「無理もない。神代の――――いにしえの知識じゃからのう」


 笑ってベルは、問題はと続ける。


「その、組み合わせの結果じゃ。ここの街に貼られた札の一つ目(・・・)の効果。それは、物理的にこの土地を地に沈めるというもの。『悪魔』の供物にするための、のう」

「は……?」

「供物……だって?」

「うむ。ぬしらの教団は『悪魔』を召喚しようとしておるんじゃ。えー……、ナントカという名前の悪魔。この街の者らは、そ奴()に捧げる魂の貢ぎ物になる予定じゃな」

「そんな……!」


 悪魔という存在は、聞いたことがある。

 世界と世界の狭間に巣食う、邪悪なもの。

 あまり詳しくは無いけれど、現代においては、儀式の後に呼び寄せるモノらしい。

 私と同じことを考えていたのか、シャールは「悪魔か」とつぶやいて続けた。


「悪魔を呼ぶ方法は二種類あるよね。

 一つは、悪魔自体をこの世界に呼ぶ方法。そしてもう一つが、何かの生物に降ろす(・・・)方法だ」

「――――まさか」

「そのまさかじゃ。察しが良いのう、ラチカとやら」


 悪寒が身体を駆け巡る。

 先ほどの、私とシャールの身体の変貌。

 アレは、この身に悪魔が降りかかっていたということか。


「そうじゃな。しかしそれは失敗した。じゃが悪魔自体は既に、呼ばれておる。ヒトの身に降ろせなかったとしたら、この土地のどこかに不完全な状態で現れることになるじゃろう」


 後半の言葉は、私にも、シャールにも、届いていなかった。


「……私たちが、悪魔に」

「教団に戦力として認められた……というワケではなさそうだねぇ」


 ふぅとため息を吐くシャールに、私は苦笑いで「当たり前でしょ」と答える。

 私たちは切り捨てられた。というよりも、元から『悪魔』を降ろすための器でしかなかったのだ。

 そうとも知らず、私たちはずっと、自分たちが悪魔になるための仕掛けを張り巡らせていたワケだ。妄信もここまでくると笑えてくる。


「しかし……、『悪魔』ねぇ」

「シャール?」

「いや、さっきのボクらの身体。勿論アレで終わりというわけではないだろうけれど、どうだろうラチカ? ボクらはあの身体に変貌して、ここの街の人々の魂を蓄えて、目の前に居るこのベルに立ち向かう手はずだったんだろう?」

「……そうね」

「勝てると思うかい?」

「それは、」


 ……正直、無理だと思う。

 そりゃ私だって、目の前のバニーガールの強さを目の当たりにしたわけではない。

 だけど、今こうして相対していても分かる。

 強くはない。のに、――――あまりにも底が知れなさすぎる。

 深い深い沼。もしくは、底の見えない崖を覗き込んでいるようだ。

 こいつがヒトであろうとなかろうと。

 彼女に勝っている未来が思い浮かばない。


「クァハ。シャールにラチカよ。ぬしらは本当に良い鼻を持っておるわい」

「なに?」

「正解じゃ。『悪魔』ら如きでは、ワシは倒せんよ」

「…………」


 その言葉は、十分すぎる程実感できた。

 コレには勝てない。私たちの『理』だけでは、到底。

 悪魔という外部因子だけでは、せいぜい本気を出させるくらいが関の山だろう。

 ならば。


「うむ、そこでぬしらが仕掛けた、二つ目(・・・)の効果じゃ」

「二つ目……?」

「言うたじゃろ? 供物じゃと。しかしそれは、悪魔(ぬしら)への供物ではない」

「え――――」


 ぞわ、と、再び悪寒が走る。

 ベルはそんな私たちを見た後で、笑ったまま続けた。


「ぬしらの教団の名前を知ったのは昨日だったんじゃがなァ。なるほど、ピンときたわい。そういう手があったかと、のう」


 腕組みをして「うむうむ」と楽しそうに頷くバニー。頭の耳が、この空気とは不釣り合いに、間抜けに揺れていた。


「邪神・クァルボスの復活。それが、ぬしらに伏せられていた、真の作戦じゃ」

「は、はぁッ⁉」


 邪神・クァルボス。それは太古、数千年も前の時代。この世界を終わらせたと伝承される大邪神だ。私たち『クァルボスの瞳』は、この大邪神のように、世界を壊滅させてやるという組織である。


「世界の崩壊を望むぬしらにとっては、最高の結果となりそうじゃのう?」

「たしかにそうだけど……」


 この世界はクソだ。世界なんて滅びればいい。その考えはずっと変わらない。

 私がさっき絶望したのは、世界変革の瞬間を見届けられずに、夢半ばで終わってしまうと思ったからだ。

 なるほどたしかに。

 組織の願望の成就。それに一番近いとなると、邪神そのものを復活させることだろう。


「だけど……そんなの無理でしょ。悪魔を呼ぶのとはワケが違う」


 悪魔召喚や邪神復活、もしくは、それ以外のナニカの呼び寄せ。これらはだいたい、供物を与えることで成立するとされている。

 しかし大抵の場合、失敗に終わることが多い。

 知識不足による召喚の不成立。もしくは、供物に捧げるエネルギーが足りないせいだ。

 先ほど私たちの身体に起こった『悪魔化』は、それだけ教団が用意し、私たちが設置した札が正しかったということなのだろう。

 最後の一押しとして、この街の人間を丸ごと悪魔に捧げていれば。それだけで私たちは完全な悪魔――――それも、上位の悪魔になっていたと思われる。


「だけど、邪神は規模が違う。企画外すぎるわよ」

「そうだね……。流石に非現実的だ。悪魔が国一つを滅ぼせるレベルだとしたら、邪神は世界自体を滅ぼせるレベルだ。それに見合うだけのエネルギーなんて、流石に……。……いや、もしかしてそういうことか?」

「気づいたかシャール」

「え……? ……あっ⁉」


 はっとした表情のシャールに遅れて、私もその考えに思い至る。


「もしかして……、その供物というのが、悪魔化した私たちってこと?」

「その通りじゃ」


 この術式は、段階式だったのだ。

 まずは私たちを悪魔化させ、エネルギーの高い生物に変貌させる。

 そしてその高純度のエネルギーを持った悪魔(わたしたち)を、更に邪神に捧げる。


「付け足すならば、この街に呼び寄せられているモンスター共。それらも全て供物じゃ。更に、違う地域でも同じような仕掛けが観測されたと報告があったからのう。おそらく、そやつらも供物なのじゃろう」

「……なるほど、ね」


 元より、仕掛けられていたのは私たちだけでは無かったのだ。

 世界中で番号員(ナンバーズ)を悪魔化させ、それらを一気に供物として捧げる。

 それがこの作戦の、真の姿か。

 私が絶望していると、「さてニンゲンども」と、バニーガールは笑う。


「既に世界各地で行われておる儀式は、ワシの――――仲間が塞いでおる。残るはここと、もう一ヵ所くらいじゃろう」

「…………」

「じゃが、ワシは止めはせん。ぬしらがそれでも命を投げ打ち、教団の命に従うというのなら、全霊を持って相手をしてやろう」


 右手をすっと掲げ、コキと、指先を鳴らすベル。

 彼女は。

 善も悪も、理解している。けれどその上で、どっちにつくかを問い、尊重してくれているのだ。

 己が信念に従ってもいい。

 だけど勿論、向かって来たら殺すと。

 だから私も、真っすぐに彼女を見て。応えることにする。


「私は……信念(・・)を曲げないわ」

「ラチカ?」

「ほう?」

「……でも、教団のやり方が気に食わなくなったのも事実よ」


 今までの教団の作戦は、私の考えに合っていたから従っていた。

 だけど今の状況は……冗談じゃないでしょ。


「世界が一度壊れればいいと思ってるのは本当よ。だけど私は、そこから再び新しい世界を、『大丈夫な』世界を造りたいの。その新しい世界には――――人間がいないとだめなのよ」


 世界はクソだ。だけど、クソにしているのは世界を構築している人間たちだ。

 クソにした人間たちがいなくなったあと、変革した世界には、やはり人間がいないと意味がない。

 クソではなくなった世界に、クソではない人間が、いてほしい。


「一般人を巻き込もうとした教団のやり方は許せない。……ううん、これも綺麗ごとね。――――私のパートナーを、勝手に供物扱いしたのが許せないわ」

「……ラチカ」

「……何よ。だって私、友達いないんだもん。アンタ以外」


 居なくなられたら、また友達居なくなっちゃうでしょ。


「変革した世界にはアンタも居てよ。んで、クソな奴らをぶっ殺していきましょ」

「……そうだね。ボクも、キミとは一緒に居たいかな」


 互いに頷いて、軽く拳を合わせる。

 こうして静かに、反撃ののろしは上がったのだった。




「まぁそこまで意気込んでくれたのは嬉しいんじゃがの。これから先の戦いにおいて、ぬしらは戦力外じゃわい」

「……まぁ、そんな気はしていたわ」

「キミらレベルの戦いだものねぇ……」


 なんていうか、うん。

 大事なのは気持ちよね。





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