プロローグ・4
私たち工作員の任務は、いつも急転直下だ。
ほんの一時間前は穏やかだった物事も、急に結論を求めるかのように、私たちの尻を叩いてくる。
そんな日々にも慣れてきた。慣れていた、つもりだった。
朝起きたら街の人々が全員敵になっていたこともあったし、また逆もあった。実は王の暗殺に成功していて国が滅びかけていたり、突如として大雨が降り街が崩壊していたり、海を渡り亡命しなければならないことなどしょっちゅうだった。
だけど。誰が予想できるだろう。
自分の半身がどす黒いナニカに侵食されていて、
自分のコンビの四肢が魔獣のように変貌していることなど。
「ナ――――な、ニ……?」
言語が。
既にヒトではない。
うまく言い表せないけれど、自分の口から伝う空気の振動が、ヒト用ではないような。
「ア…………あ……?」
「ラチ……カ……ッ」
意思の疎通は図れている。人格はシャールのもので間違いない。
つまり、純粋に、私たちが変だ。おかしくなっている。
「ナニ……ガ、起こっタか、ワ――――る? ガハッガハッ……!」
「ムリしてシャベらないホウがイイ」
喋るたびに口が、喉が痛む。単純に、喉を通る息と喉の耐久性が見合っていない。
鏡に映った姿以上に、中身が傷んでいる証拠だろう。
「イタんでいるというヨリは……、ヘンボウしたとイッタかんジだろうネ」
「ヘン、ボウ……」
右半身はヒト。左半身は見知らぬナニカ。
でも、知らないはずのカラダなのに。何故か身に覚えがあるような、懐かしいような――――
馴染んでいるような、そんな気がした。
「ト……トニ、カク……、ゲンイン、シラベ、ない、ト……」
がたがたの身体をどうにかベッドから起き上がらせる。だけど自重もおかしくなっていた。
……尻尾だ。それに、背中には小さく翼のようなものも生えている。
よく見れば変貌した左半分の口内には、歪な牙のようなものも生えているし、目も、明らかに動物のものみたいだ。
私が混乱していると、シャール――――【S9】は、「ナルホド……」と呟いた。
「ナニ、カ、こころあたリ、アルの……?」
「オモイアタるフシなら、アル」
不可思議な音で紡がれる言葉。
信じるかどうかは置いておき、私はどうにかその言語を理解しまとめ、自分の中に落とし込んでいく。
要約すると……。
「イケ……ニエ」
「ダロウネ……」
ヤレヤレと、異業の手足を広げてリアクションを取るシャール。
ちなみに彼女の言葉がおかしく聞こえるのは、私の耳の中身が、既にヒトではなくなっているかららしい。とても不便だ。――――これでは任務の遂行に支障が出る。
しかし私の呟きに、シャールは「イヤァ」と呆れたように苦笑した。
「イッタろウ? イケニエさ。ツマリ……、こうナルことガ、ボクタチのニンムだったノサ」
「――――」
絶句して。かろうじた漏れた息も、ヒトのものではなかった。
こうなることが、任務。
変貌することが……私たちの責務? つまり、教団の本意ということか?
「マァ レニしても トハンパだけ ネェ」
耳はもう、言葉 拾わない。
を途切れ途切れにしか
「い カイラチ ? マずハ ョウダンホンブと ラクを ル。シン をタシカメ ンだ」
「えぇ――――そうね」
絶望の中で出た言葉は、偶然口のかみ合わせが上手くいったのか。
まるで最後のセリフのように、綺麗に鳴った。
私たちが教団と連絡を取る手段は二つある。
一つは、通常の手紙のやり取りを行う。勿論、暗号文でだ。街の郵便へと届け、何日も、場合によってはひと月以上を待って、指示を仰ぐ。
もう一つは、本部と繋がっている者への通信魔法だ。
私とシャール以外に、連絡要員としてのみ行動する第三者が潜んでいる。通信魔法が届く範囲内に潜んでくれいてるはずなので、非常時には連絡をとっていいことになっている――――のだが。
「ツナガ イね……」
「…………っ」
シャールの言動的に、繋がらないと言ったのだろう。まぁ、正直予想はしていた。
私たちは、切り捨てられたのだ。というよりも、最初からこのためのコマだったのかもしれない。
既に三分の二がどす黒く変貌していて、逆に今なら喋りやすい気がした。
「目目目目?」
「エット……?」
「士士士士剛剛剛? 蓼蓼蓼?」
「…… ラナイ。ゴメン……」
どうやら、私の言語は完全にヒトではなくなったようだ。
鏡で見る姿も、なるほど。カラスとオオカミが合体したかのような、人型っぽい魔獣に変貌している。
「芭芭芭輪且且且……」
その後も私たちは、身振り手振りや筆談を交えながら、あれこれと考えた。
そして数十分の後。
――――だめだ。思考すらもままならなくなってきた。
意識が薄まり始めている。いや、意識というよりも、人格――――人間性と言った方が正しいか。
外側だけではなく、内側までも、ヒトではなくなっていくような。そんな感覚。
あぁ、ここで尽きる。
何も真相が分からないまま。目的も達成できないまま。何者にもなれないまま、私という人生は終焉を迎えるのだろう。
漏れ出る呼吸と共に、少しずつ意識を手放す。
目の前の、互いの本名すらも分からない何者かは。それでも必死に何かを呼び掛けている。だけどごめん。ごめんね。アンタの声、もう聴こえないんだ。
暗がりに堕ちていく思考。最初に逝ったのは耳かぁ。
だから。気づかなかった。分からなかったのだ。
ド派手に窓ガラスが割れ、そこから、颯爽と侵入してきた者の姿に。
たまたま身体がぐらつき、視界がシャールから窓ガラスにズレなければ、決して。
「――――?」
私から漏れ出た息は、きっと疑問だっただろう。
その姿は、黒く、白く、ちょっと赤く。
この街でラチカとして過ごした私が、つい先日関わった人物。
私たちのターゲットである、黒いビスチェのバニーガールが、そこに立っていた。




