プロローグ・3
「やぁバニーガールさん。今日も綺麗だねえ」
「あらバニーさん。おはよう」
「おぉウサギの女の子ちゃんや、元気にしとるかぇ?」
「うむうむ♪」
ひらひらと手を振りながら、堂々と往来を闊歩するバニーガール。……の、横を、しずしずと歩いていく私。どうも、【T2】ことラチカ・トルヴィア(偽名)です。好きなものはドゥールの実のスープです(設定)。
「……………………なんでこんなことに?」
「ん? なんじゃ?」
「いっ、いえなんでも……」
現在私は、何故か暗殺ターゲットである謎のバニーガールと共に、街のおつかいクエストを受けている。
冒険者登録をしていなくとも、誰でも受けられるものなのだそうだ。勿論その分、報酬も安いけど。
「うむ、ヒトの役に立って金が得られるのは気持ちがいいのう」
「はぁ……」
南門へと向かいながら、謎バニーは楽しそうに語る。
ほんとにほんとに、どうしてこうなった⁉
『うむ。ぬし、ちょっと手伝え』
『はい⁉』
『どうもぬしからは、何かがあったときにどうにかしてくれる……ようなオーラを感じる。今はこんなじゃが、勘だけは鈍っておらんのじゃ』
などと、訳の分からないことを供述しており。
その謎の勢いに押し切られ、謎なバニーと共に、謎のクエストに駆り出されているというわけだ。……あ、クエストは謎じゃなかった。薬草の採取だった。
「門から出てすぐの丘に生えている薬草の採取ですか……。なんでまたこんなものを」
「金は必要じゃからのぅ」
「…………」
むしろ私は、そこを知りたがっているのだが。
聞くところによるとこのバニーは、とある団体のトップ幹部に当たるらしい。
そんな女が、まぁ、百歩譲って一人で休養をしているのはいいとして、なんでわざわざ、こんな子供の小遣い程度の金を必要としているというのか。
「クァハハハ。まぁよいじゃろ? なぁに、ぬしにも金は分けてやるわい。七割くらいでよいかの?」
「いや、半々でいいですよ……」
というか、七割でも半々でもそんなに額は変わらない。それくらいにはしょぼい報酬だ。
げんなりしている私を他所に、カツカツと、格好良くピンヒールの音が響く。
……なにか、質問してみようか。……いや、やめておこうか。
疑問に思うことはいっぱいある。
素性とか出自とか、人なのかどうなのかとか、そもそもどうしてバニーなんだとか、山ほど疑問は出てくる。
しかし、この生物の知能レベルが分からない以上、迂闊なことは言わない方が花だろう。
どんな会話が綻びに繋がるか分からない。
こちらの正体を知られてしまったらアウトだし――――コイツの正体を知り過ぎてしまっても、それはそれでよくない。あまりにも強大だった場合、私の戦意が削がれてしまう可能性がある。
「南門じゃ。それでは行くぞ」
「……えぇ、分かりました」
恐怖は。
行動の枷だ。
ビビったとか。一命をとりとめたとか。そんなことを思ったり実感するのは、コトが終わった後でいい。
『今から戦うのは○○の神様である』と知ると、あまりの強大さに身がすくんでしまうだろう。だけど、『あの時倒したのは、実は○○の神様だったんだとさ』と知ることは、別に問題ない。
だって生きて帰って来た後なのだから。
ヤバイの相手にしてたんだなぁと、好きなだけ震えて良いのである。
「うん、良い天気じゃわい。それでは、ぬしは向こうを頼む」
「了解です」
必要最低限の知識。必要不可欠な情報。それだけを持って、私は組織の駒になる。そうするように生きてきたし、そうなることが本望だ。
だから今は、ひたすら演じろ。彼女をほど良く受け入れろ。
「こっち、一つありましたよ」
「おぉ早いのう。ワシは全然見分けがつかんわい」
「どうしてこのクエスト受けようと思ったんですか……」
旅先で出会った謎のバニーガール。
ソレと楽しく過ごしただけの、長い旅の一幕として。
そして――――
「ではの」
「はい。それでは」
一時間後。
薬草集めを終えた私たちは、報酬を山分けし、驚くほどあっさりと別れた。
「…………」
去っていく黒髪ロングのバニーガール。その背中を完全に見送った後、私はその場にどっと座り込んだ。
我慢していた脂汗が、額から、脇から、背中から、ありとあらゆる場所から湧き出てくる。
「はぁ……っ」
生きた心地がしなかった。
周りから「なんだ?」と見られてしまっているが、それでもすぐに立ち上がるのは難しい。
アレは……、説明するのが難しい。
彼女が何かをするたびに、彼女が喋るたびに、謎の『圧』を感じていた。
強いわけでも無いのに、ただ、――――恐い。
まぁこうなってしまうのも、修羅場をくぐった経験があるからこそなのだろうけれど。
「と……、とりあえず、休もう……」
すっかり参ってしまった全身に、何とか活を入れて立ち上がる。
まだまだ日は高い。今日の活動を開始してから、まだ三時間程度しか経っていない。
だというのに。
まるで二日間ぶっ通しで戦地に居たかのような疲労度だった。
「……それは、お疲れさまだねぇ」
「お疲れさまってレベルじゃないわよ。いったいどういう生物なのよ、アレは」
どうにか本日分のノルマを達成し、宿に帰り着いたその夜。
私は今日起きたことを、シャールに報告し終えた。
コイツは何事も無かったようで、現地特有のエステを楽しんできたとのこと。なんだこの差は。
「まぁ、ラチカが無事で何よりだったよ」
そう語る彼女の顔は、言葉以上には厳しい。どうやら少しでも空気を和らげようと、軽い言葉を使ってくれているようだった。コトの重大さは、きちんと理解しているらしい。
「それで……、何か収穫はあったかい?」
「弱点ってことよね。――――無いわよ」
「そうか。それもそうか。簡単にボロを出す様な相手ではないしね。まぁこれから、少しずつ探っていこう」
「あー違う違う。無いっていうのは、新しい情報って意味じゃなくて。弱点そのものが無いって意味」
「へぇ?」
彼女にしては珍しい、驚きの表情を前に、私はため息をつきながら続けた。
「私だって圧倒されてただけじゃないわ。解析は得意分野だしね。だから……、現時点で読み取れることは、全部読み取ってきた」
「なんと」
その上で、私はアレをこう評する。
「少なくとも私から見たあの生物は、『完全』よ。付け入るスキは全くない。強いとか弱いとかじゃなく、『敵わない』わね」
一緒に居ればわかる。敵でも味方でも、あんな生き物見たことがない。
だいたいの生物は、一見すれば強みと弱みのアタリがつく。それを更に裏付けるために、魔法やら調査やらで、解析していくのが普通だ。
「だけどあのバニーガールには、弱いところが一切無かった」
「なるほど……。ラチカ、いや、【T2】が言うのならそうなのだろうね。キミは元々、敵の弱いところを見抜く力を買われてこの隊に入っている。キミで見抜けないのなら、後は『上』」の幹部たちしか分からないということだ」
「絶対とまでは言えないけどね。ただ、私はこれまで敵の危険なところとか、弱点とか、作戦の綻びとかを見破って生きて来た。生き延びてきた。だから、この解析の技術は生命線だし、命を懸けられる新しい感覚器官だとも思っているわ」
だけどそれでも、アレの強さを嗅ぐことは出来ない。
で、あるならば。
「一度、この作戦に待ったをかけることは出来ないかしら、【S9】?」
「ふむ……」
「強力な封印札や起爆札。確かにこれらは強力よ。アナタからの知見も、『上』からの情報も、信用はしてる。だけど、それでも、今のままではダメな気がする」
「……そうだね。聞いている限り、ボクもそう思えてきたよ」
口に手を当て考え込み、【S9】は「うん」と短く頷いた。
「手法を変えてみよう、【T2】……ラチカ。ボクの手持ちで、土地自体に作用するタイプの呪縛札がある」
「オッケーシャール。それじゃあ、そっちに変更ってことで」
私たちは頷きあって、再び旅人となって就寝することにした。
しかして次の朝。
事態は、一変する。




