プロローグ・2
バニーガールを暗殺せよとかいう、とても頭の悪い言葉を耳にして、一夜が明けた。
私はベッドから起き上がり、『私の名前はラチカ』と、現在名乗っている名前の確認を頭の中で行う。
相棒である【S9】――――シャールは、既に本日の工作内容の確認をしていた。普段の素行はやや奇抜なところがあるけれど、こういうところは几帳面だ。
「それじゃ、私もやりますかね……」
彼女に並んで、今回の主な使用道具である『封印札』を手に取る。
「…………」
改めて思う。この封印札は、一枚でも相当な強力な代物だ。昨日仕掛けた封印札は、実に十か所。しかしそれでも、私たちが相手取らなければならないモノには、ぜんぜん足りないらしい。……って、いやいや。
「……シャール、それってちょっとおかしくない?」
「何がだい?」
「私らが仕掛けてる封印札は、一枚で上級魔獣の動きを止められるほどのシロモノよ? 三枚もあれば、エルダードラゴンだって捕獲できるほどの強力な札。それを十枚も使ってまだ足りないって、いったいどういう相手なのよ」
「ボクも詳しいことは聞かされていないから分からないんだけどね。どうやら、神代のバケモノなんだそうだ」
「神代の……? いやいや、相手はバニーガールなんでしょ?」
「神代のバニーガールなのかな?」
「どんな生物なのよソレ」
だめだ。聞けば聞くほど訳が分からなくなってくる。
まぁ……、神代レベルの強さってことなのかな?
「何にせよ、そいつらが一筋縄ではいかないことは分かったわ。だけどこれだけ仕掛けてるんだから、さっさと起動して、一人ずつ倒して行った方が効率いいと思わない?」
「……あぁなるほど。そこがズレていたか」
「は? どういう意味よ」
苦笑するシャールに、私は方眉を上げて質問を投げる。
すると彼女は「参るよねぇ」と遠い目をして、窓の外を見ながら言った。
「一人なんだ」
「……はぁ?」
「この、上級魔獣の動きを止め、エルダードラゴンすらも屈服させる封印札。これを総勢三百枚仕掛けることでようやく弱体化させることが出来る、ボクらの相手というのはね。たった一人の、人物なんだよラチカ」
「なん……………………っ」
絶句した。
この世には、まだまだ私の知らない強者がごまんといる。それは分かっていた。
だけど、その強さは理解できない。
理解の範疇を超えている。
そんなの、もしかしなくても……、神か悪魔なんじゃ――――
「あ、ラチカ」
「……え?」
「窓の下、見てごらん。居るよ」
「……え」
指をさされ、三階の窓から地面を見下ろす。するとそこには、一人の人間が愉快そうに歩いていた。
バニーガールだ。それも、とんでもなくスタイルが良い。
シャールの身体も、とてつもない美貌である。出るところは出ていて、引き締まっていて、憧れの対象となる体なのだ。……が。
そのバニーガールのボディラインは、魔性だった。
見ているだけで気が狂いそうになるほどの、凹凸のある身体。
カツカツとピンヒールが鳴るたびに、盛り上がった乳肉と長い黒髪が揺れ踊り、周囲を惑わしている。
顔が小さく、背は高く、手足は長く、肉感的だ。しかし脂肪だけではなく、絶妙なバランスで引き締まった部分もある。まさしく、芸術的な身体をしていた。
あんな生物がいるのか。
あんな女が存在してるのか。
永遠に見ていられるほどの美貌と魔性を持った女は、黒いビスチェと赤いピンヒール、そして、頭の上からにょきりと生えた作り物のウサミミを纏っていて。なんとも、不思議な生物として往来を歩いていた。
性的な――――失礼。静的な嵐のようだった。
彼女が通り過ぎ、影も形も見えなくなったのを確認した後、シャールは口を開く。
「ボクらには気づかなかったみたいだね。まぁ当然か。ある意味ボクらは、敵対心を見せていないからね」
「あ……アレが、今回のターゲットなの……? えっとその、なんていうか……」
「馬鹿みたい?」
「……そう、ソレ。……いやでも、それだけじゃないな。確かに、こんな日の高いうちからバニーガール衣装で闊歩してるってのは、馬鹿みたいではあるんだけど、その、」
「うん。なんとなくわかるよ。アレは明らかにおかしな生物だ。本来ならこの地上を歩いている存在ではない。ある意味、埒外の生き物って感じかな」
「……やっぱそうよね?」
何だかんだ修羅場をくぐってきた私たちだから感じ取れる。
人のカタチをしてはいるものの、纏っている空気が人間のものとは若干違う。
「やっぱり人外なのかな? アレ」
「今は何とも言えないけれど……。少なくとも、姿かたちは人間だったよね。それも、とんでもなく美女のカタチ」
「ほんとよ。何あの美貌。何あの乳と尻。何あの色白さ。全部寄こせって感じなんだけど」
「……キミ、意外と欲深いよね。嫌いじゃないよ」
しかし……、アレがターゲットか。
とんでもない存在だ。……だけど、ここでひとつ、疑問が生まれた。
そう――――危険度だ。危険度は、何も感じなかった。
戦術したけれど、私もシャールもかなりの地獄を潜り抜けている。
修羅場を超えて来たし、強者とも相対している。だから『ヤバイ手合い』というものは、それなりに分かるものなのだ。
「だけどさっきのバニーからは、何も感じなかった……」
あの外見にあの服装だ。風景に馴染まないという異質感は勿論ある。
ヒトじゃないっぽいオーラも、なんとなくわかった。
だけど、では強いかと問われると、ノーだ。
「そこは……どうなんだろうね。強さを抑え込んでいるだけなのかもしれないよ?」
「でも私たちは、その強さを抑え込むために、わざわざ街に仕掛けを施してるんじゃないの?」
「確かにそうだねぇ……」
うーんと、腕を組んで考えるが、どれだけ考えても推測の域を出ない。
ただ、分かったことがあるとすれば。
「明らかに悪目立ちしてるわよね、アレ」
「そうだね。間違いない」
街中の視線と話題を独り占めしているあの姿は。
強い弱い関係なく、どんな者の視線をも釘付けにする、目を引く存在だった。
朝食を終えた後、動揺をどうにか頭の隅に追いやり、作戦行動に移る。
今日は別行動である。二人で旅を続けているが、互いの自由時間も尊重している――――という設定だ。
「しかし大きな都市よね……。小さな街四つ分か、それ以上かも……」
大都市アルゴールを見回り、あらためて思う。
大量の商業施設が揃い、冒険者ギルドや武器・防具屋も立ち並ぶ。
朝も昼も夕方も夜も、深夜を超えても、賑わいと営みが絶えない都市のようだった。
勿論一般人のための施設も充実している。
街角の服屋を見て回り、私はぴたっと足を止めた。
「へぇ、こんな民族衣装も売ってるんだぁ……」
こことは違う大陸の服だ。模したモノではなく、輸入してきたモノだろう。
「へぇ~…………」
ということは、貿易するための何かしらの交通手段を持っているということで。逃亡手段として覚えておいてもいいかもしれない。どこまで乗り継げるかは分からないが、身元を隠せる場所まで行けるとなると、かなり有益な情報かも――――
「…………」
こうやって。
どんな事象でも、全てこの稼業のことへと繋げてしまう思考回路を、誇らしくも感じるし、時々嫌にもなる。
もしも普通の女の子だったら。
もしも普通の人間だったなら。
どこかで働いて、どこかで恋をして、日常ってつまんないな~なんて生意気言って、それでも穏やかに生きていくのだろうか。
「…………あーだめだめ」
覚悟が弱いからなのか。時折、思考が悪い方向に働いてしまう。
そんなことでは、いつ誰に寝首をかかれるか分かったもんじゃない。
私は今、旅をしている幸せな一般人なのだ。だったらちゃんと、幸せそうに振る舞わないと。
「おじさん、これ、ちょうだい」
「おぉ、お目が高いねぇ。それはモゥル族が手織りで作ったものなんだよ」
「私、このデザイン気に入っちゃった。いいよね」
「鮮やかな色合いが良いよなぁ。三百ズィヴだよ」
「はーい。……あ、ごめんおじさん。両替お願いしていいかな?」
「あぁ旅の人か。この硬化は隣の国のものだったか」
「そうなの。まだ全部は両替してなかったみたい」
「いいよ。えーと、ちょっと計算するから待っててな……」
旅の人間だというアピールを、ここでも行っておく。
何かがあったときに役に立つ。役に立たないこともあるかもしれないが、種は撒いておかないといけない。
「あぁ、計算整ったよ。この硬化を四枚もらおうかな……おや?」
「へ?」
「後ろの方は、お連れさんかな? いらっしゃい」
「うしろ……?」
両替してもらった硬化をちゃらっと手に返されたと同時、座って受け答えしていたおじさんは、私の更に後方を見上げている。
私の身長は百六十センチ。それよりも視線は高く、奥へ。
シャールが後ろに立っているのか? いや、彼女は百六十八センチだ。おじさんの視線から察するに、それ以上の位置にある顔を見上げている。
――――百七十センチ以上だ。……誰だ? 誰が今、私の背後に立っている?
私が疑問に思った直後。すぐ後ろの人物は、声を発した。
「おぉ、懐かしい絵柄じゃのう。あの頃とは若干変わっておるが、根本は変わっておらん。雲を裂く竜をあがめる、良い柄じゃ」
頭上から響く声に、振り向く。振り向いてしまう。
凛とした張りのある声色。それでいて、どこか古風さを残す喋り方。
くるりと振り向き、顔を確認するために首を上へと傾けたと同時。
「――――わぷっ⁉」
「おぉ」
とてつもなく、柔らかいモノに顔がうずもれた。
それは、サイズは違えど私にもついている、よーく知ったもの。……二つの乳だった。
「ふがっ……⁉ ……ひぇっ⁉」
双乳の間から、シャープな顔が見える。そして、ゼロ距離にいるこの女が、いったいどんな格好をしているのかが、遅れて情報として入ってくる。
「…………ッ‼」
「なんじゃ?」
視界を覆う、白い肌の乳と、黒い色合いのビスチェ。
柔らかい雰囲気の中にも、どこか荒々しさを秘めた凛々しい顔。
黒く長い髪の上にそびえたつ――――二つのウサミミ。
「バニー……ガール……っ」
こうして。
こんな、あまりにも広すぎる街の中の、小さな小さな服屋にて。
私は、ターゲットとの第一接触を、果たしてしまったのだった。
カツリと響いたバニーガールのピンヒール音は、耳から入ってくると同時、私の不安と混乱を駆り立てた。
恐ろしい程に。




