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プロローグ・1


 信じる者は、救われる。

 では、救おう。信じる者を。


 信じる者とは我々信者。救いとはすなわち、世界の破壊。

 破滅と混沌に世界が包まれたとき、これをもって、生の救済と成さん。


 クァルボスの瞳、経典より。





 我々が世界を掌中に収めるには、とある団体を排除しなければならないらしい。

 曰く、――――勇者と名乗る一団。

 構成員はかなり少ないが、少数精鋭。

 一人一人が世界を揺るがす力を持っている集団らしい。

 そう『上』から伝え聞いて、早四か月。私、トゥルガ・トルヴィアは、今日も今日とて、大都市の破壊工作に勤しむ。


「こちら、【T2】、爆破札の設置に成功」

『了解。こちらも完了した。一度本部へ移動』

「了解」


 通信魔法を手早く済ませ、裏路地を抜け、都市を後にする。

 高く昇っていた日の光も、近くの野営地へ戻る頃にはすっかり山へと落ちていた。


「は~……、つっかれた~」

「お疲れ【T2】。フフ……。迅速な行動、助かったよ」

「アンタもお疲れ、【S9】。助かってるのはお互い様よ」


 お互いに微笑み、ごつんと軽く拳を合わせる。ふぅと仕事モードをオフにしていると、「しかし」と【S9】は、戦闘服を脱ぎながら言葉を落とした。


「しかし……。どうにも応えるね、今回の任務は」

「そうねぇ。どうにも『上』は、慎重になってるっていうか」


 私も服を脱ぎつつ、彼女に応えた。


「今まではほら、破壊工作が途中でバレたら、そこからは力づくで『コト』を起こしてたじゃない? だけど、今回はバレることがNGときてる」

「そうなんだよねぇ。だいたいのパターンからして、キミかボクのどちらかが見つかったところで、強硬策に出るのがこの部隊の主な戦法なんだけど……」

「…………うん。冷静に考えると、だいぶヤバイ工作部隊よね」


 下着まで全部脱ぎ終わり、私と【S9】は水浴び場まで移動した。

 私と彼女のしなやかな肢体が映り込んだ水面が、静かに揺れる。


「はぁ……、お湯で身体洗いたい……」

「我慢するしかないさ、【T2】。ボクも出来ればお肌の調子を整えたい。……が、世界を混沌に叩き落すまでは、それも我慢さ」


 自らの肌を撫で、丁寧に顔を洗い、緑に輝くショートカットの髪をなびかせるシャール。

 私はそれを見て「やれやれ」と嘆息する。


「アンタも乙女な部分ってあるのね……」

「そりゃあね。ボクは、ボーイッシュ美人を目指しているのだから」

「まったく……」


 などと。

 まるで普通の女子みたいなトークを交わす私たちだが。その実態は、とてもそんなトークを繰り広げて良い立場の人間ではない。


 世界破壊工作機関・クァルボスの瞳。

 その末端工作員に当たるのが、私たち、番号員(ナンバーズ)だ。

 戸籍も個人情報も、何もかもが伏せられており、お互いの識別番号と顔だけが分かっている。

 私は元々魔法使い専門の魔法学校に通っていたが、途中で挫折。

 世界なんてクソだな~と思っていたところに、世界を滅ぼすために動いている機関があると知り、これ天恵とばかりにここへ入隊した。

 ここ半年間、ずっとバディを組んでいる彼女【S9】は……、まぁよく分からないが、なんだかちょっと、イイところの出身のような気がする。けど、素性は探らないのがマナーである。


「見なよ【T2】。今夜はとても月が綺麗さ。まるでボクらの任務に、微笑んでくれているようじゃないか」

「……………………」

「月明りの中、少し妖艶に水浴びをする美しき女。というかボク。どうだろう、これは最高の絵になるのではないだろうか」

「……………………」


 まぁ。色んなヤツがいるのだ。


「……馬鹿言ってないで、さっさと上がってさっさと休みましょ。風邪ひくわけにもいかないしね」


 そう全裸でポーズを決める、無駄にスタイルの良い同僚に注意を施しつつ、私は先に湖面から身体を引き上げた。

 さて、明日に備えよう。

 私はテントの中へと潜り込み、しっかりと防寒を整えた。





 そうして、一週間後。

 私たちは今日も、大都市・アルゴールへと潜入する。

 魔力によって爆発する起爆札は、昨日の内に仕掛け終わっている。今日からは、朝も夜もこの街に滞在し、ただの旅人として別任務を遂行する手はずだ。


「ボクとキミは、仲のいい友達同士。二人で色んなところを旅してまわっていて、この街には祭りを楽しむためにやってきた――――という設定だ」

「分かったわ、【S9】……じゃない、【シャール】」

「オーケイ。その名前で頼むよ【ラチカ】」


 私たちは互いに、『設定』と『偽名』を確認し合った。

 【S9】の名乗った名前が、果たして本名なのかどうかは分からないが、少なくとも私は本名を名乗るのが憚られたので、とても遠縁の魔法使いの名前を借りることにした。


「では行こうかラチカ。まずは、西門の外壁だ。そこへ仕掛ける」

「オーライ、シャール」


 私たちの格好は、いかにもな一般人である。

 テキトーなカットソーに、そこらへんにあるパンツ。シャールは帽子をかぶっていて、私は好みのリングを露店で買った。


「歩いていると楽しいね」

「そうね。……とても良い街」


 賑やかだが、空気は澄んでいる。

 祭りの影響もあるのか、ところどころで催し物も行われていた。

 街の人たちを見ていても、衣・食・住、全てに満足しているような、そんな笑顔であふれていた。

 そんな街並みを、巡り、回り、訪れ、外れ、潜り込み、抜け、たどり着く。


「――――着いたね、ここだ」

「うん。今なら誰も居ないわね」


 裏路地を抜けた先の外壁。そこに私たちは、工作を仕込む。


「…………」


 毎度思うことだけれど。僅かにでも罪悪感を覚えるのは、私の覚悟が足りていないせいなんだろうなと実感する。


「……だめね」


 ――――集中しないと。何がどこでミスにつながるか分からない。

 覚悟の甘さを悔やむのは、いつだって出来る。今は、破壊工作に集中しなければならない。そうでなければ、組織にも、相棒にも迷惑がかかる。

 肉眼と魔法を使って、あたりに誰もいないことを確認し、シャールに合図を出す。


「では仕込むよ。……ぺたり」


 合図を受けたシャールは、胸元から一枚の魔法札を取り出し、壁へと貼りつけた。

 僅かな魔法光があふれ出た後、少しずつ壁の中へと溶け込んでいく。


「あとどれくらい?」

「もう間もなく終わるよ。……三、二、一、……うん、終わりだ」

「……ふぅ。流石に緊張するわね」

「ボクたちは今、一般人の持ち物しか携帯していないからねぇ。バレて、万が一戦闘になってしまったら、それだけでアウトだ」


 バレてはいけないことが前提の任務だ。

 普段使っている、工作員としての道具・武器などは、全て野営地に置いてきている。

 まぁ、一般人程度なら制圧できるけど。応急警備隊や歴戦の冒険者クラスが出てくると、さすがにどうしようもないだろう。


「だけどシャール。本当に、何なの今回は? どうしてこんなにも慎重なのよ」


 酷い工作部隊だと揶揄されることもあるが、しかしそれでも私たちのバディが解消されないのは、ひとえに私たちの戦闘力が高いからだ。

 見つかって、戦いになる。その時点で工作員は、殺されてしまうだろう。――――並みの者ならば。

 しかし私もシャールも、戦闘の心得があるのである。

 私は魔法使い専門学校に入る前から、魔法による身体強化術を教わっていたし。

 シャールは不思議な剣術を使い、敵を倒しながら逃亡する術を身に着けている。

 今は武器や魔法道具が無いので使えないけれど、普段通りならば、仮にこの場面を衛兵に見られたところで、切り抜けることは容易い――――はずなのだが。


「あぁそうか。今回の任務の内訳は、ボクにしか知らされていなかったのか。なるほど、『上』もずさんだね」

「今に始まったことじゃないけどね」


 顎に手を当て呟くシャールに、私はやれやれと返す。

 すると彼女は「分かった」と手を叩き、一度宿に戻ると提案した。


「先に説明をしておこう。ボクらのこの任務が、一体、『何』なのかを」

「えぇそうね。いつもなら起爆札だけなところを、わざわざこんな高ランクの『封印の札』まで持ち出して、いったい何をしようとしてるのか」


 私の疑問に、彼女は神妙に頷いた。無駄にかっこいい顔だった。


「ボクらが相手取っているのは、この大都市に、たまたま(・・・・)訪れている者なんだよ」

「……たまたま?」

「そう。本来なら組織は、元々この地で何らかの作戦を起こす予定だったらしい」

「何らかの作戦ってのは……あぁ、知らされてないのね」


 げんなりとする私へ、シャールもやれやれと手を上げる。

 必要な情報以外は知らされることはない。いつものことだ。


「なるほど……。本来なら何らかの作戦を実行するはずだったのに、そこへたまたま邪魔者が現れた。その排除が私たちの任務ってことね?」

「そういうことらしい」

「しかし、何だってそんなヤツがここに来たの?」

「なんでも、休暇中なのだとか」

「休暇って……」

「だからこそ、ヤツに気づかれずに――――殺害出来る方法は、この作戦しか無いとのことだよ」

「殺害……、ね」


 なかなかに穏やかではない。

 だけど、これまでも破壊工作の中で、そんな場面はごまんとあった。

 何というか、『上』も、シャールの説明も、今更感が強い。


「……まぁ、概要は分かったわよ。それで、私たちが相手にしなきゃいけないヤツらって、何よ? そんなにヤバイやつなの?」

「あぁ。危険だね。『上』が口を酸っぱくして言う、倒さなければならない組織、覚えてるかい?」

「あぁ……、一人一人がヤバイ力を持ってるっていう、あの……」


 そいつらを排除しなければ、世界を支配することは絶対に出来ないと言われている、謎の集団だ。

 その話は耳が痛くなるほど聞いている。だけど詳しいことまでは聞かされていなかった。

 四か月前、とある都市で巻き起こった、空飛ぶ洞窟事件。

 それを解決した正義の軍団たち。そいつらは。


「――――バニーガールさ」

「…………はい?」


 私は、耳がおかしくなったのかと思った。

 残念ながら正常だった。


「凶悪で、獰猛な、一騎当千のバニーガールたち。それを暗殺するのが、ボクらの役目というワケだ」





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