22.分かりやすい彼女
ヘリオスちゃんが通信を切るたびに何か言いたそうだったのは、これだったのだ。
天界側の不祥事だから、『言ってくれれば』自分は協力できる。
しかしそれには、こちらの自発的な気づきが必要である。
「というか、実際口にしてたね……。かき消されちゃったけど……」
『制約が憎いですね!』
ともかく。
俺に与えられた任務は、たった一つ。
女神を糾弾せよ。
それはつまり、『落ち度はそちらにあるから、この不始末をつけろ』という言葉を、ヘリオスちゃんに伝えるだけの役割である。
割!!
愛!!
「……っと、いや~。地上に降りるのは久しぶりですね!」
空間が神聖な光を放ったかと思うと、そこにはヘリオスちゃんの実態が、ぽんっという可愛らしい音と共に現れた。
この間白い空間で話したぶりだ。
地上で会うって新鮮だなぁ。
「う~ん……。地面がなんかこう、キモイです」
「キモイですか」
「おっとうっかり気持ちそのままに発言してしまいました。地面、煩わしいですね!」
「ここは平たく静置された、タイルの上じゃからの。人工物は、元より女神と相性が悪いんじゃ」
「そういうもんなの……?」
つまり土の上とかを歩く分には問題ないってわけか。
というか、本来ならそもそも浮いてるのか。
「って、そういうことは今は良くて」
「ですね!」
言ってヘリオスちゃんは、びしっと中空に浮く、移動要塞を指さした。
「アレを、どうにかしてしまいましょう! ときにベルアイン」
「なんじゃ?」
「コースケさんをお借りしても?」
「よい。地上はワシら一人と二体……一体増えたんじゃったか。一人と三体で大丈夫じゃろ」
ふふんと、ベルはいつも俺たちに見せる顔とは違う顔で笑い、しっしと手を振った。
それを受けてヘリオスちゃんは、「どうも」と元気に笑う。
「では行きましょうコースケさん! 飛翔魔法を付与しますので、着いてきてください!」
「え、えぇっと……?」
身体に軽く魔力を通すと、ふわりと浮遊する感覚がある。
「お……、おぉぉ……! と……!」
徐々に高度が上がっていく俺の身体。
高いところに体があるということに根源的な恐怖感を覚えるが……、悲しいかな、ベルに抱えて飛び上がられたりしたことで、多少は耐性がついていた。
「それじゃあ行ってくる~! 任せたぞベル~!」
「うむ~! 帰ったら、朝までまぐわいパーティじゃ~ッ!!」
「大声でなんちゅう単語を!!」
ビッチ堕ちみたいで少し興奮してしまった。
「って、飛ぶの難しいなコレ……。おっと……!」
「大丈夫ですかコースケさん! 飛ぶでは無く、浮こうと思ってください」
「んなこと言われても……」
「ほら、ベルアインの龍モードを思い出して!」
「ベルを……、」
あの黒い龍を思い出す。
空を覆うほどの大蛇。確かにアレは、飛ぶというより、浮いていると言った具合である。
「浮く……。浮くねえ……」
「リラックスした状態になってください。泳ぐときに水に浮くみたいに」
「俺、水で浮くのも苦手なんだけど……」
まぁそれでもやってみよう。
不格好でも良い。とにかく今は、ヘリオスちゃんについて行くことを考えるんだ……!
「…………こんなんなりましたけど」
俺の今の状況は。
クレーンゲームで腰を持たれて吊り下げられた人形。そんな感じだった。
腰がくの字に曲がり、手足は地面へだらりと垂れ下がっている。
「魔法の重心が腰にいっちゃっているんですね……。どうです? このまま飛べます?」
「あぁうん……。どうやら一番楽に移動は出来るみたいだけど……」
「ならオッケーです」
「オッケーなんだ!?」
彼女のサムズアップは、有無を言わさぬ圧があった。
笑顔がブレない分、余計に。
「では行きましょう! もう少し先のはずです!」
「お、おう。……これはこれで酔いそうだな」
そもそもインキュバスがサキュバスのオス版なら、浮遊能力くらい持ってるんじゃないのかな? と、今更ながらに思った。
そもそもの話。どうして俺がヘリオスちゃんについて来なければならなかったのか。
さて――――解決編である。
「でけぇ……」
目の前の洞窟を見やる。
小さな山か丘そのものが、地面ごと浮遊している。
しかも中は空間が拡張されており、この質量以上のダンジョンが形成されているのだ。
「ここに、俺とヘリオスちゃんだけで挑むのか……」
ヘリオスちゃんは女神だ。だからきっと、戦力的な意味ではベルやヒナと同じくらいのものを有しているはずだ。
だけど前に潜ったときは、俺たちの最大戦力でも敵わなかったわけで。
「まさか俺の能力に、新たな使い道が?」
ここに俺を連れてきたということは、つまりそういうことなのだろうか。
自分では気がついていないだけで、俺の『バニー付与』には、更なる能力が隠されているとか――――
「いえ。そういうのは特に無いですよ」
「あ、そうですか……」
違ったみたいですね。
では何故、俺をわざわざここに連れてきたというのか。
宙に浮きつつ、俺はそんなことを考える。
とにもかくにも、ここを攻略しないことには先はない。
闇堕ちした光魔法・ルーチェリエルの元にたどり着かなければ、そもそも勝負にすらならないのだから。
しかしそこまで考えた俺に。
ヘリオスちゃんはあっけらかんとこう言った。
「では――――三手詰めです」
「え?」
「私の力はここで全部使っちゃいますから。コースケさん、後は頼みますね!」
「え? え?」
俺の思考を他所に。
彼女はダンジョンに向かって、すっと両手を広げる。
「ヘリオスちゃん……?」
青い空の元。
彼女の身体中に、白い魔力が集まっていく。
それは次第に円を描き、螺旋を描き、身体中をふよふよと飛び交っている。
「見つめるは雲海の妖精。もしくは地層の精霊。あるいは山脈の巨人」
詠唱らしきものを始める。
螺旋を描いた柔らかな魔力は、ぱたぱたと蝶のように洞窟の周りへ羽ばたいていく。
「動き出したら止めてから。
傾いたなら斜めから。
足取り残さず根気よく」
そうして。
彼女の掌と瞳が、金に光る。
「『見て見る』」
掌と瞳に灯った魔力は、ぽうっと体から離れて眼前へ。
「『知って見る』」
金の球体は胸の前で上下しており、煌々と輝いている。
「『分かりやすく――――』」
そして魔力を挟み込むようにして、その掌を。
「――――『ほどく』!」
ぱんと。
鳴らした。
子供が行う手遊びのような。
可愛らしい、小さな音だった。
「…………ッッ!!?」
その音とは裏腹に。
莫大な光の渦が、宙に浮かぶ巨大な洞窟を覆う。
ぎゅるぎゅるぎゅる。
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる。
回る渦は、まるで洗濯機の中みたいで。
何週も、何十週も回り続けたかと思えば、入口のところに光は収束する。
そして――――
「さあ! 行きましょう、コースケさん!」
まるでレッドカーペットのように、入口からルーチェリエルの玉座まで、
光の一本道が出来上がっていた。
「えええええええええ!!!?」
「なんじゃあああああああああ!!!?????」
そこには、ダンジョンの壁も、トラップも何もない。
むき出しの岩々。完全なる空洞だ。
ルーチェリエルが座る玉座の周囲だけが、かろうじて豪奢な魔王城のまま保たれている。
「分かりにくいものは、私の前では無意味ですよルーチェリエル」
「なんじゃキサマッ! ニンゲンではないのか!? まさか……、天使か!」
「いいえ。私は、女神・ヘリオス」
「ヘリオス……? ま、まさか……!」
彼女はばさりと翼を広げ、宙を蹴ってルーチェリエルへ突撃する。
「神々が操る六大魔法。その全てを収めし管理者にして、封印を司りし女神」
動きは追えない。
軌道は見えない。
魔法でも感知することは出来ない。
「くっ……!?」
きょろきょろと狼狽し、あたりを見渡すルーチェリエル。
瞬間。
影はふいに現れた。
「そして。
そのすべてをもってして――――」
分かりやすく、言うと。
と、彼女はどこか物悲しい声で、続けた。
「――――伝説の魔竜・ベルアインを、騙し撃った英雄です」
ベルが魔法体を薙ぎ払うよりも。
勝負は一瞬だった。




