18.ヒナほどき(闇)
小さな体で奮闘する影が目に入る。
お気に入りの私服はとうにボロボロで。そこにいつもの明るい笑顔は無く、強張った表情を張り付けていた。
刀身と同じ色のメッシュが差された前髪が、乱雑に舞う。
「フッ……! くっ……!」
おそらくルーチェリエルからの指示なのか。このあたりの魔法体は一般人ではなく、全てヒナの方へと向かっているようだった。
およそ五十を超える幼女姿の魔法体が、次から次へと彼女へ襲いかかる。
「……ッ! アァ……ッ!!」
終わることのない魔法体からの攻撃を何度も弾き、斬り伏せ、少しずつ攻撃をその身に受け――――膝をついた。
「ヒナッ!」
まだこちらの声は聞こえていない。むしろ視界にすらも入っていない。
本来のアイツのポテンシャルなら、とうにこちらに気づいているはずである。
『――――魔剣・ヴァルヒナクトは、迷いを抱えておる』
「……っ」
先ほど聞いたベルの言葉が蘇る。
何せ、かくいうワシもそうじゃったと。意外にも弱み(?)を吐露したのだ。
吸い込まれそうな空の元。
俺は彼女の名前を叫ぶ。
「ヒナぁぁぁぁッッ!!」
「……!? コー……にゃん?」
振り返るヒナの、青い瞳が見える。
目にはまだ活力がある。大丈夫だ!
「待ってろ……」
ベルに言われた通り。俺は今のアイツにとって、一番効果的な行動をとる必要がある。
おそらく、それは――――
「今そっちに行く! だから……!」
「コーにゃん、無理しちゃ……」
「だから……俺を助けてくれッ!」
「は――――?」
俺は手に持っていた剣を。
おもむろに、宙へ放った。
「――――あ、」
「…………ッ、」
瞬間。
ヒトの匂いに、釣られて群がる無数の魔法体。
視界全てが魔法体に埋め尽くされていく中に、まだギリギリうつっている、たった一人の女の子の顔。
カルくてユルい顔ではなく。
悲痛で。でも、まだ闘志は衰えていない、何とかしたいと思っている、そんな顔。
「ヒナ……」
「……――――」
魔法体が俺へと接触する。
その未来の、僅か五秒前。
彼女は発光した。
あるいは、闇を放った。
魔剣らしく。
遡る事十五分前。
俺は西門前にて、ベルから事の真意を聞いていた。
『魔剣というがのう』
『ん?』
『厳密に言えば、剣ではないんじゃよな。ヴァルヒナクトは』
『どういうことだ?』
内訳を語るベルは楽しそうだ。
強いヤツのことを口にするとき特有の笑みを浮かべている。
『今でこそ魔剣として名を馳せておるが。
本来ヴァルヒナクトとは、全ての世界における、最強の武器のことを指すんじゃよ』
『最強の武器……』
『当時のニンゲンたちのイメージは、剣で固まっておったようじゃがのう』
『そうなのか』
『うむ。
――――殺傷力が高いじゃろ?』
ベルの言葉の圧は、自然と俺に固唾を飲ませる。
この魔竜をして、そう言わせるだけの何かを。
魔剣・ヴァルヒナクトは有しているということか。
『奴とワシが撃ち合ったときのことを覚えておるかコースケ』
『え、あぁ……』
あのときの光景を思い出す。
まぁ思い出すと言っても、『ほとんど見えなかった』という事実しか思い出せないんだけど。後は、最後の最後でベルが放った武装装填での一撃とか。
高速を超えた攻撃の応酬。しかも、一撃一撃が高威力だ。
それを捌き合っていただけでも、かなり強力だったのだろう。何せ地形が変わるほどの大激戦だったんだし。
『いや、あやつの本領はそこではないわい』
『ん?』
『あのときのヴァルヒナクトの攻撃方法はのう、半ばワシが仕掛けたリズムじゃ』
『お前が仕掛けたリズム?』
ちょっとよく分からないな。
『ワシはあのとき。一撃の重さで勝負をするよりも、手数での勝負に誘ったんじゃよ』
『誘った?』
『そういうリズムというかのう。分かりやすく言えばノリじゃ。
ぬしも若干覚えがあるんじゃないか? 敵の攻撃のノリや空気と、同じような行動をしてしまう流れが』
『あぁそういうことか』
重いモンスターからの一撃があったとして。
本当は回避する方が効率がいいんだけど、咄嗟に受け止めちゃう……みたいなものかな。
勿論それは、自分にその対抗手段があること前提だけど……。
『ってことは。ベルはヒナとの戦いのとき、まずは攻撃の速度勝負に持ち込んだ訳か』
『そんなところじゃな』
『え……、何でそんなことを?』
何度でも言うが、基本的にベルの戦闘方法は正面突破の力ずくだ。
どんな強敵も、それで粉砕してきた。
特にヒナは搦め手を使ってくるタイプでもない。
これまで通り、手数バーサス一撃でも良かったはずだ。
しかしベルはどこか嬉しそうに、血を滾らせながら言った。
『それは勿論――――、これまでの戦闘方法では負けると思うたからじゃ』
その言葉を聞いたとき。俺は少なからず自分の耳を疑った。
『は……、負ける……? お前が!?』
『そう言うておるぞ』
ベルはあの激戦を思い返すかのように、クァハと笑って言った。
『あの時点で力勝負をしておったら、ワシが負けていた。珍しくも搦め手を使ったのはこれが理由じゃ』
『マジか……!?』
絶句する。
確かにベルはあのとき弱っていた。とはいえ、それでもベルだ。最強の魔竜だ。
これまでもどんな強敵を打ち砕き、縦横無尽に好き勝手に暴れまわり、最初から最後まで勝利し続ける。そんな凶悪な生物。
それをもってしても。
撃ち負けるほどの、力が?
『今はもうワシの中に『回路』が出来ておるから、武装装填もすぐに使えるがのう。
あの状況では、ギリギリに追い詰められんと使えんかった』
『そうなのか』
『ぬしが好きな、覚醒という奴じゃなァ』
もしくは窮地のさいに訪れる、奇跡か。と、ベルは嬉しそうに笑う。
ともかく。
あの逆転の一撃を放つまでは、実はかなりギリギリの戦いをしていたということだ。それも、駆け引きをせざるを得ないような心持で。
『じゃから助かったわい。ヒナが魔王に取りつかれておって』
『は? どういう意味だよ?』
さっきからずっと首をかしげてばかりである。
ヒナは、元は剣のではないかもしれなくて、一撃の威力なら魔竜より強くて。
その上魔王の思念がどうしたって!?
『魔王の思念に取りつかれてたから、ヒナはあんなに狂暴に――――凶悪な性能だったんだろ?』
しかしベルは。
俺の疑問に対し、大きく、そして嬉しそうに手を振った。
『クァハハハハ! 違う違う! 逆じゃ逆!』
逆。つまり、それは。
『まさか……』
『そうじゃ。魔剣・ヴァルヒナクトと魔王の思念は、食い合わせが悪かったんじゃ。
確かにあの暴走は魔王の思念のせいじゃが――――』
ベルは言って、おそらくヒナを。
魔剣・ヴァルヒナクトの本当の破壊力を想像して、口にする。
『魔王の思念から解放されたあやつは。
戦ったときよりも、数段上の力を出せるじゃろうよ』
「…………ッ、」
アレよりも、更に能力は跳ね上がる!? マジか。
あー、一撃の威力が高いって、そういう……?
『ただ、自らが自らを縛っておる』
『な、なんで……?』
『それはあやつが――――』
ベルは空を見上げて。
だけど笑って、彼女と、そして自らの悩みを口にした。
『ニンゲン体を得たからじゃ』
しかしその口調は。
とても誇らしかったと、俺は思った。
迫り来る。魔法体。
手は空。自衛手段はない。
小さな手が無数に襲い来る。
このままでは避ける術も無く、
ただ蹂躙されてしまうだろう。
「ヒナ――――」
「コーにゃん…………」
視線と視線がわずかに合う。
微かに頷く俺と。狂気を孕んだヒナの瞳。
「いいんだ」
その言葉は。
俺が肯定した言葉か、それとも彼女が理解した言葉か。
瞬間。俺の周囲へ襲い掛かっていた全ての魔法体は、頭から股の先まで、一体残らず真っ二つになっていた。
「――――ッ」
静寂の後、光となり消える魔法体。
開けた視界の先には、ヒナの小さな体と。
その体を覆う、紫色の魔力が沸き立っていた。
そしてその手に持っていたのは――――鎌。
一般的に死神が持っているような、身の丈ほどもある大鎌を番えている。
「はっ……、はっ……、はっ……」
一振りだった。
だけど、斬撃は無数。
「ベルが……、一撃の重さが何とかとか言ってけど……、え、速度……?」
「あ~、ちがくて」
なんつーかなーと、ぽりぽりと額をかくヒナ。
「この空間の、敵だと認識できるやつを排除する斬撃っつーか……。空間に対してのでかい一撃に、死の概念を付与しての概念攻撃っつーか……」
「??? えーと……、とにかくすごいんだな?」
「…………ま、ね。
つーか、こっちがほんと~のアタシっつーか……」
「こっち……?」
もう何度ヒナのことで疑問を抱いたか分からないが。
首を傾げながら質問しようと口を開くと同時、周囲に再びおかわりの魔法体が現れた。
「無限かよ!?」
いつになったら終わるんだコレ!?
しかし狼狽していると、彼女は気だるそうに、息を吐く。
「…………はぁぁぁぁぁぁ。だっる……」
呼吸。いや、まるで機械の排出音のような音が、彼女の口から吐き出されていた。
そして。
いつもの口角を上げた喋り方ではなく。下がった口の形で。
ダウナーに、彼女は言った。
「コーにゃんもさ~……。無茶してくれるよね~……」
「ヒナ……?」
「そだよ。ヒナぴだよん♪ ……つって~」
「えぇ……?」
変わらずギャルだ。
だけど、何かが決定的に違う。
「勝手にあーしん剣使ってさ~。
ぜんぜん大丈夫そじゃねーし」
大鎌をふわっと粉上にして消し、その粉で再び魔剣を作り出す。
「えっと……」
「コーにゃんもマジ無茶すんじゃん」
「あ、あぁえーと。ごめん……?」
「うっそうっそ。ウザ絡みめんご~」
下がってなよと、『ヒナ』はいやに冷えた瞳で敵を見据えて言った。
周囲に漂っていた紫の魔力は、徐々に彼女の身体に馴染んでいく。
目元から額、耳、口元。首へと流れ、肩を通って腕へ。服で隠れているから分からないが、胴体から下腹部を経由して足の方へ。
白い肌は、闇に、黒に染まっていく。
「うぉ……」
その姿はまるで――――黒ギャルだった!
ヒナの姿のまま。肌だけが小麦色に変貌していた。
「だっり。マジ身体重いじゃんね。サクッと終わらしてソクサリすっから」
マジねーわと言いながらも、次から次に魔剣を展開していく彼女。
その光景を見て、俺はついぞ呟いてしまう。
「もう一つの方も……当たってたってことか」
ヒナが全力を出せない理由は、簡単に言えば『ニンゲン体を得たから』だった。
せっかくニンゲン体を得てニンゲンのように振る舞えるのだ。
だからこそ、ヒトの叡智で戦いたかったし、残虐すぎる戦い方はしたくなかった。
俺がせっかく仕掛けてくれたトラップだ。使わないとニンゲンらしくない。
ただそのせいで――――自分の強みを封じる戦い方になってしまっている。
そうベルは語った。
「そしてもう一つが!」
ベル曰く。
おそらくヒナは、その身にもう一人、人格を抱えているのだという。
『おそらく出てくるぞい。
最強の武器としての、本来の残虐性がのう』
その目は。
強敵を目の前にしたときと同じ、歪み方だった。
【読者の皆様へ】
ブクマやご評価の☆押していただきありがとうございます!
励みになっております!




