17.ヒナほどき(裏)
空を。
見上げている。
「…………は」
――――そこにあるのはまごうことなき、俺たちが一度入ったであろうダンジョンだった。
いや、ダンジョン、洞窟というよりも。そこにあった土地そのものだ。
「……マジかよ」
「これは流石に……驚いたのう」
グラウス鉱山から脱出した俺とベルは、即座にヘリオスちゃんに連絡を取りハバールの街付近まで空間転移してもらう。
戦禍に覆われる街へ駆け付けた直後。
そこから見える光景に、目を疑う。
彼女が残した、『冷静に対処してください』という言葉。それがどういう意味なのかを理解するのに、時間は必要としなかった。
「空飛ぶ……、洞窟……!?」
街の丁度真上の空にに。
土地そのものが浮かんでいた。
洞窟の地盤部分は半円になっていて、地層からそのまま引き抜かれたかのよう。
そして入口の穴から上は、小さな山くらいの質量がずしりと乗っていて。
それが雲一つない晴れ空を浮遊していたのである。
「たしかにルーチェリエルは、ダンジョン内でしか最強ではない……」
けどだからって、ダンジョンごと移動してくるとは思わなかった。
というか、そんなことが出来るだなんて考えもしなかったぞ。
「思った以上にトンデモじゃのう、神域の魔法というものは」
「トンデモなんてもんじゃねーよ! もはや超常現象だよ!」
空飛ぶ城ならぬ空飛ぶダンジョンだ。
しかもアレの動力源が一つの生き物だっていうんだから驚きだ。
「それもあんなに空高く……。手出しできねえぞコレ」
「うむ。そして更にまずいわい。アレを見よ」
巨大なダンジョンの入り口からは、内部で見ていた『魔法体』と呼ばれる幼女型モンスターが降り注いできている。
「アリスたちは既に、街の中でそいつらの対処をしてるのか」
ヘリオスちゃんからの報告では、西門に迫っていたモンスターたちは全て倒し切ったらしい。
けど、アリスもヒナも大きく疲労していたとのこと。
まさかこんなに早く第二波が来てるなんて……!
「よし、まずは街の中の人たちを守る!」
「了解じゃ。ぬしは小女神と連携を取り、ワシらに指示を送れ」
「おう! ――――ん?」
門へと走ろうとした途端、俺は一つだけ気にかかったものを発見した。
「どうしたぬしよ?」
「いや……。コレ、ヒナが戦った痕だよな?」
戦禍の残る地面を見る。
草一つ残っておらず、地面は割れに割れている。
それに向こうに見えるのは……俺がヒナから言われて仕掛けた、薬草の跡だ。
「アイツ……。なんでわざわざ俺にトラップを仕掛けさせたんだろう?」
「用心のため……というのは縦前じゃと、ぬしも気づいておるか?」
「――――うん」
実はあのとき、彼女の指示に従い奔走していた時から。違和感を覚えてはいたのだ。
確かにトラップを仕掛けることは、あの状況では最善だったかもしれない。いつどこから侵入者が現れるかが分かった方が、俺たちパーティのためにもなる。
けどなんていうか……。ヒナらしくはない。
「いや、神代の知識があるのはおかしくないんだ。けどそれを、無理に使おうって感じがしててさ」
アリスやヘリオスちゃんからの指示なら、ここまで疑問を持たなかっただろう。
けれどヒナは、ベルと同じような性質だと思う。
来た敵を倒す。
もしくは、見据えた敵を倒す。
トラップにはトラップと言ってはいたけれど、むしろトラップでも真っ向から叩き潰すのが、彼女のスタイルでは無いのだろうか?
「のうぬしよ」
「ハッ……! ご、ごめんベル。悩んでる時間は無いよな。こんな切羽詰まってるときに」
「いや、切羽詰まっておるときじゃからこそ。疑問を解消しておこうと思うてのう」
「え……?」
ベルはにやりと笑い、少し意地悪そうな目をして俺に言った。
「ぬしと小女神……。どうやらワシの新たなる力を見抜こうと思うておったようじゃのう?」
「うぐ……!? な、なんでそれを……」
「分かろうさ。どれだけぬしを見てきたと思うておる」
ぽんぽんと股間を撫でられる。
ベル、こういうときは普通肩を叩くんだ。つーか分かってやてるだろお前。
「っていうか、え!? それじゃあお前は、パワーアップはしてないのか!?」
「うむ。ワシではない。
ワシらの魔力はうまい具合に混ざりあっておるからのう。小女神の観測もズレたんじゃろう」
「ワシではないってことは……」
「変化が起こっておるのは、ヒナの方じゃ」
そしてその力は、あと一押しで発露する。
ベルは、強い眼力と共にそう言った。
「今からヒナのことについてぬしに伝える。じゃからこの後ぬしはヒナの元に向かい、ぬしが思う最善の行動をしてやれ」
「分かった。教えてくれベル!」
「うむ。奴はのう。魔剣・ヴァルヒナクトは現在――――」
…………。
……。
そうして。三分後。
話終えたベルは先に走って行った。
俺は少しだけ考えをまとめて、ヘリオスちゃんに連絡を取る。
「ヒナは街の北側か。ありがとう!」
俺も体中に魔力を込め、走り出す。
彼女が戦っているであろう北の貯蔵庫に向けて。全力で。
「今行くぞ! ヒナ……!」
凄惨な地面を後にする。
「違和感なんだよ……、これは……っ」
俺が仕掛けていたトラップは。
不自然なまでに、全て使用されていたのだ。
まるで、わざわざ全ての箇所にモンスターを誘導させて、無理矢理発動させたかのように。
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」
西門をくぐってそのまま左へ曲がる。
このペースで十分ほど走れば、大きな貯蔵庫が見えてくるはずだ。
「うわぁぁぁッ!」
「……ッ!?」
しかし道中、悲鳴が聞こえてくる。
ヒナと薬草を仕掛けていたときと同じように、魔法体に人が襲われている。
「くそッ……!」
今にも振り下ろされそうだった魔法体の腕を切断し、住民を救出する。
「下がって! ……ふっ!」
そして返す刃で更に一撃。
魔法体の幼女は光と消えていった。
「あっ、ありがとう……! ってアンタ、もしかして街で噂のイケメン冒険者……」
「安全な場所に行って! スマン急ぐんだ!」
「お、おいちょっと……!」
入り組んだ道をショートカットするため、低い建物の屋根へと上り、伝っていく。
しかし再び悲鳴が聞こえる。
「~~~ッ! 放っておくわけにはいかないよなあくそう!」
屋根上から飛び降りつつ、魔法体を真っ二つに。
続けざまに二体目、三体目と、切断していく。
「ありがとうございます!」
「お願いです、安全な場所に案内してください……!」
「足がもう、動かなくて……」
「分かった分かりました! 途中までですが……」
二人の老人を脇に抱え、小さな子を背中におぶって避難場所まで走る。
お礼を聞くのもそこそこに、俺は再び走り出した。
「ヘリオスちゃん、聞こえるか!? 状況はどうなってる!?」
『コースケさん! ベルアインとアリスさんはまだ戦っています! ですが、何故かヴァルヒナクトの調子が……!』
「大丈夫なのか……!?」
『戦えてはいるのですが、魔力波形がおかしいんです。安定していないようで』
「なるほど……。場所は変わらず貯蔵庫のあたりだよね!?」
『はい。現在はやや西門方面へ移動しながら戦っているみたいですね』
「こっちに来ながらだな……。好都合だ……!」
あるがとうと礼を言って、再び通信を切る。
切り際にヘリオスちゃんが何かを言おうとしていたけれど、とりあえず後回しだ。
「持ちこたえてくれよヒナ……!」
俺は自分の剣を抜き。
そして。




