16.脱出術
ベルは最強だ。
どんな者と対峙しても、大抵は力づくで突破してきた。出来ていた。
唯一の弱点は搦手なのだが、それも力づくで以下略。
それが俺たちの基本戦法だった。
「考えろ……。考えろ……。
俺が一緒じゃなくてもいい。最悪ベルだけでもハバールの街まで送れればいいんだ……」
例えば、この場所からベルをアリスの元へと瞬間移動させることが出来ればそれで済む。
地上の監視者が一人でもいればそれでいいのだ。
逆に出口を発見したとしても、ベルだけがダッシュで街へ向かうことは出来ない。
道中に監視者がいなくなるからだ。
「まぁ外にさえ出られれば、小女神の空間転移があるじゃろうからのう」
「だな。使えなくても、俺を抱えてダッシュしてもらうか……」
じゃあやっぱり、何にせよ脱出口だ。
「ちなみになんだけどさベル。魔竜モードになったら、けっこうヤバイ?」
「ぬしからの枷が外れておらん状態で無理やり使用した場合、再びエネルギーが切れてしまうやもしれんなァ」
「だよな……」
いや、俺が枷を外せばいいんだろうけど。
その場合、コイツも何をしでかすか分かんないんだよな……。
新たなる力がそのタイミングで目覚めると、それはそれで怖いことになりそうだし。
「それに竜化は、最後の手段と考えておった方がよい。
もしも使用後にルーチェリエルが襲撃してきおった場合、太刀打ちできる力が残っておらんかもしれん」
「そうか……。じゃあやっぱ、現状でどうにかするしかないな……」
クリスタルに映る自分の顔を見る。
相当焦ってるのが分かるな。
ベルの方も、いつでも戦闘態勢に取れるよう、姿勢を崩していない。
しかしやっぱりコイツのバニー衣装はエロいな……。いや、エロくても下品じゃないというか。露出度もいい感じにカッコよさに繋がっているというか……。
「だからこんな時に俺はああああ!!」
「オスの性じゃのう」
しかも見抜かれてるし。
視線は雄弁ってことか……。
「ん? 視線は雄弁……?」
「どうしたんじゃ?」
視線。視界……か。
「なぁベル、ちょっと質問。ルーチェリエルはおそらく俺たちの状況を把握してると思うんだけどさ、それって、物理的に見てると思うか?」
「ん? どういう意味じゃ?」
「いや、アイツはこっちの状況をどういう風に把握してるのかなーと思ってさ」
魔法には詳しくないけど、パターンとしては絞られるんじゃないかと考えた。
その質問にベルは、「そうじゃの」と推論と共に指を立てていく。
「遠隔で見ておるパターン。もしくは、ワシらの魔力波形を読み取っておるパターン。あぁあとは……、分身体を飛ばして、直接見ておるパターンかのう」
「分身体って、できるのかそんなこと?」
「普通は無理じゃ。が、相手はけっこうな力を持っとるじゃろ? 出来んことはなかろう」
勿論、ここがヤツの行動範囲内ならじゃがのうとベルは付け加えた。
「ありがとうベル。
そうだよな……。どんだけ魔力が高くても、やれるパターンは限られる……ハズ」
「ほう?」
「一つだけ……案を思い付いた」
けど問題は、ルーチェリエルの監視精度だ。
相当綿密に読まれてしまったら詰むし、既に今の状況を、物理的に見られていたらアウトだ。
「ただ……、既に今は、ハバールの街で戦闘が繰り広げられている。
そしてアリスたちなら、おそらく無双してるはずだ」
モンスターを放ったものの、それが悉く倒されていっている――――と、仮定しよう。
ならばルーチェリエルの監視の目も、そっちに向くんじゃないかと思われる。
「ベル、最後にもう一回、このダンジョンに敵の気配が無いかどうか確認してくれ」
「了解じゃ。…………フム。おらんと思うぞい。少なくとも、ワシらの周りには物理的におらん」
「サンキュ。なら次は………………」
「……ほう?」
ベルに作戦を伝えた後。俺たちは岩陰に隠れる。
まぁ岩陰と言ってもクリスタルで反射して見えるんだけど。でも通常よりはちょっと暗くて、一見すると見えづらい、そんな場所。
「それじゃあちょっと我慢してくれよ、ベル」
「任せろ」
「よし。使用――――魔物除け!」
四方に置いた筒を作用させる。
筒は淡く発光し、正常作動を示している。
「具合が悪くなるワケじゃあ無いが……、やはりよい気分では無いのう」
かくいう俺もだいぶ気分が悪い。
インキュバス化が進んできてるんだろう。
「ご……ごめんな。ちょっと我慢してくれ……。うぉぷ」
「ぬしも……。いや。
ぬしと近いからのう♪ それで我慢してやるわい」
くるるとベルは喉を鳴らす。
この距離でその鳴りはもう捕食行為なんだよ。
「ちょっと静かにしてろベル……。……………………よし、思った通りだ!」
しばらく身をかがめていると、先ほどまで俺たちが居たところに光が収束する。
ソレは次第にヒトガタを形成し、クリスタルの地面に降り立つ。
「来たな……!」
銀に光る綺麗な長髪。透き通るような白い肌。
神秘を感じさせる衣装は、薄く、幼いながらも綺麗なボディーラインをあらわにしている。
そして最大の特徴である、生意気な目つきと表情。
あの時見た幼女に相違ない。――――ルーチェリエルだ。
まぁおそらく、分身体なんだろうけど。
「なんじゃ!? おらん! やつらめ脱出しおったか!?」
激昂し、きょろきょろとあたりを探すルーチェリエル。
しかしその一瞬を、俺とベルは待っていた。
「今だ行けベルッ!」
「おう!」
「な、なんじゃあああ!?」
岩の影から解き放たれる黒影。
こちらのバニーが生意気な幼女を捉えた瞬間だった。
「きっ、貴様ら……! どこからっ! ぐっ……! 変なところを触るでない!」
「安心せい。ワシは稚児には興味ないわい。……む、いやこれはこれで」
「ベルさん本題を忘れないでね!?」
ばたばたと暴れるルーチェリエルを組み伏せるベル。
力勝負だけならこちらのものだろう。
「魔物除けの魔法筒……。効果の内訳を理解しといて良かったぜ」
「ぐぐぐ……! わけのわからんことを……!」
俺が立てた作戦は、至極単純。
一瞬だけでいいから、この鉱山内から俺たちの気配をゼロにしてしまおうというものだった。
冒険者なら誰でも持っている、魔物除けの筒。この間もアリスと森に行ったときに使ったやつだ。
こいつの効力の内訳は、空間内に居る人間の気配を、外の魔物に知らせなくするというもの。
なのでこいつを使用している限り、外の魔物は人間の魔力も気配も感じ取れなくなるのだ。
「問題は俺とベルの体調だったけど……、どうにか持ったな。……うぉぷ」
「吐きそうじゃのう」
「大丈夫だ。作戦……上手くいったし……気分は上々……だ」
「そうは見えんがのう。……ほぉれ大人しゅうせい!」
ベルは基本暴れたがりだが、搦手が嫌いというわけでは無い。
むしろ気持ちよく勝つためなら、奇襲や陽動作戦にも乗ってくれるのだ。
「ルーチェリエルは物理的に俺たちを見てるわけではなかった」
ベルの気配察知で、敵がいないことは分かった。
ならおそらく、魔力や気配で監視している。
ではその気配が、一瞬でも途切れたら?
「気になって配下のモンスターをよこすか……、行動範囲内なら自分で見に来るか」
そして分身体を飛ばしてきたところを、ベルがとっ捕まえる。
もしかしたら本体が来るかもしれないと思ったのだが……。
『空間限定の強さ?』
『うむ。小女神も言うておったが、おそらく見立て通りじゃろう。
ルーチェリエルの持つ無法の強さは、あのダンジョン内限定のものじゃ』
『ってことは、本体が出てくる可能性は無いか。それにもし本体が出てきても』
『うむ。ダンジョン外のあやつであれば、今のワシなら取り押さえられる』
けっこうガバガバな作戦だが。
アリスたちの方にも意識を裂いているのなら、精度も甘くなると踏んだ。
加えてあのときの、クソガキみたいな口調。
たぶん頭は回るんだろうけど、肝心なところでは感情優先なんじゃないかと思ったのだ。
ある意味ベルも同じタイプだし。
「何か言うたか? 言うたのう?」
「気のせいデスヨ」
「後で搾り取る」
「命の危機」
ともかく。
作戦は成功し、こうしてルーチェリエル(分身体)を捕獲できた。
「さあ俺たちをここから出せ! 鉱山の術式を解除しろ!」
「ほれほれ。早うせんと、腕の関節が四つくらい増えるぞい? 痛覚は本体と共有しとるんじゃろ?」
「思ったよりえぐい!」
「ぎぁぁぁぁ……ァ、ァ……ッ!」
きらびやかで幻想的なクリスタルの空間。そこにとても不釣り合いな、幼女の悶絶が響き渡る。
弱っているのか、ルーチェリエルの身体はしゅわしゅわと薄く発光していた。
「手っ取り早くこやつだけでも壊してしまうか。
分身体分の生命力が無くなれば、ここの維持も出来んようになるやもしれん」
「容赦ないな! 痛覚共有してんだろ!?」
「ぬしに危害を加えた罰じゃ。本来なら死でも生ぬるいわい」
思った以上に目がマジだった。
けっこう根に持ってたんだね! 愛されてるな俺!
「ぎぎ……ッ! ぐ……、げ、ぇ…………っ」
「お?」
ちょっと描写するのが憚られる表情を見せていたルーチェリエルの分身体は、ちかちかと点滅したかと思ったら、その姿を消滅させた。
それと同時。周囲に張り巡らされていたクリスタルも次第に消えていき、むき出しの岩々が顔を出す。
「おぉ……。普通の鉱山に戻った……」
「うむ。おびき出し作戦は成功のようじゃのう!」
ようやったぞと、わしわしと俺の頭を撫でるベル。
すると空間に、幼いながらも敵意むき出しの声が響いた。
『バ……、バーカバーカ! 屈したワケじゃないんじゃもんねーっ! ただ形勢不利だったから仕切り直しただけじゃもんねッ! いい気になるなよゴミども! 租チ●!』
「じゃからコースケのは租●ンじゃないわい。メスのためを思うてつつましやかなだけじゃ」
「ベルさん、フォローが痛い」
『やかましいわ下品乳! ビッチ魔竜! キサマの前世低賃金!』
「ワシに前世とかあるんかのう?」
「そもそも人間にも前世ってあんの?」
ともかく。
コトが思った通りに進まなかったからか、俺に裏をかかれたからか。相当怒り狂っている。
「良いぞルーチェリエル。表でならいくらでも相手をしてやるわい。
ただしこちらには、キサマに知略で勝利したコースケがおることを忘れるなよ?」
『ぎぎぎ……』
「こやつは女子供でも容赦はせん男じゃぞ? 本体を捕まえたら最後、ぬしの尊厳はばきばきに破壊されると知れ」
「いやそこまで鬼畜じゃないだろ俺……」
「せっかくのニンゲン体も、たかだか下等なニンゲン一匹に無茶苦茶にされるんじゃ! よい肴になりそうじゃのう! クァハハハハハハハッッ!」
『ひぎっ……! く、くぅぅぅぅ~~~ッッ!』
俺の言葉を遮って、ベルはルーチェリエルに圧をかける。
その魔力を受けたからか。がらがらと周囲の岩も崩れていく。その奥に、地上からの光が見えた。
「今度は本体の方を痛めつけてやるわい。待っておれ大魔法」
『フン……! 我の真の力を見せてやるわい! 思い知ればーかばーか! 親族の集まりに顔出しづらいザコニンゲン!! いい歳して料理に香辛料かけられないよわよわ子供舌ニンゲンめ!!』
「そういうのどっから仕入れてくるの!?」
言いたい放題の罵詈雑言を残し、ルーチェリエルの声は消えて行った。
「行くぞコースケ。今度は本体を痛めつけてやるわい」
「お、おう……。がんばろうね……」
何にせよ、目の前の道は開かれた。
これから全力で街へと向かう。
しかし結局、ベルの新しい力が何なのかは分からなかったな……。




