2.コースケの能力(一端)
よく晴れた街道を歩く。
爽やかな風が頬をなで、木々のざわめきや草の鳴りが聞こえてくる。
これまでベルと向かった依頼場所の中で、群を抜いて平和な土地だ。こんな場所に『危険なこと』が及んでいるなんて、前情報が無ければ分からなかっただろう。そう思わずにはいられないほど、平和な道が続いている。
「しかし先ほどの、ヘリオスちゃんの魔法だが」
「ん?」
「なんというか、分かりやすすぎて怖かったな……」
「あぁ……」
彼女の頷きに、俺もおそる同意する。
時系列はばらばらで、そもそも内情自体は語っていない。
俺たちが何なのか。それすらも分かっていない状態だが――――アリスさんは俺たちのことを(ある程度は)信頼するようになっていた。
彼女には言わないが、この辺りがヘリオスちゃんの、効率の良さが発揮されている部分でもある。
まずは最初の映像では、ベルの『強さ』と『危険性』を刷り込んだ。
しかしそれと同時に。そんな危険なベルも、『俺の制御下にある』という知識も与えている。
この時点で、俺たちが『勇者ないし、勇者くらいのチカラを持つ者である』と、理解してくれただろう。
激昂するアリスさんを、落ち着かせることに成功したわけだ。
出会いのシーンよりも先に、『危険性』の部分を説明してみせた。
一見めちゃくちゃに見えるが……、実はヘリオスちゃんには、そんな計算があったのである。
「さっきも言ったけど、アリスさんってけっこう血気盛んだよな」
「いやそんなことはないぞ。私は冷静な方だ」
「……えっと」
いや、嘘ではないんだろうけど……。
先ほどの理解の仕方でも、頭の回転は速い方だというのは分かる。冷静な方というのも、嘘ではないだろう。
けどなんていうか……。
「なるほど。怒りっぽいのか」
「怒るぞきみ」
俺の目の前をグーが通過した。
怒りっぽいじゃん!
「女神のくだりでキレ散らかしておったしのう」
後ろを呑気に歩くベルがにやにやしながら言うと、バツが悪そうにアリスさんは拳を引っ込めた。
「キ、キレはしたが散らかすまではいってないだろう!」
「クァハ。剣に手を伸ばしとる時点で何を言うても無駄じゃろ」
「く……、論破されてしまった……」
「いや簡単に諦めすぎだろアンタ」
確かに負け戦ではあったけれど。さすがにもうちょっと言い返せると思うぞ。しっかりしているようで、結構単純なのかもしれなかった。
大丈夫かこの人。どうやら軍に居るみたいだけど、騙されて良いように使われたりしてないだろうか。
よく晴れた街道の中。
そんな会話をしつつも俺たちは彼女の後をついて行き、全くトラブルの類なく、市街門の前までたどり着いた。
「さてと」
さっそく入街証を発行しようと門へ向かおうとすると、アリスさんから「待て待て」と止められた。
「きみ……、その格好で中に入る気か!?」
「ん? 俺の格好、何か変か?」
至って普通の冒険者の格好である。
俺が選んだ服装センスならいざしらず、誰あろう神(と名乗るオッサン)のコーディネートだ。無難にまとめられているはずである。
「太り気味でもあんまり目立たないような服が多いんだぞ。着替え一式あるから、よければアリスさんが見繕ってくれても良い」
俺が荷物の中からそれらを出そうとすると、「違う」と彼女は言葉で制した。
「きみではなく、彼女の方だ!」
勢いよくベルを指さして、アリスさんは言う。
「おぉワシか。なんじゃ、ダメか?」
「駄目――――と、いうわけでは無い、かもしれん、が。その……。そんな、は、破廉恥な格好のまま街を闊歩するヤツがあるか! まだ日も高いというのに!」
アリスさんの言葉に、ベルは「ふむ」とにやつき、俺は「だよね……」と頭を抱える。
見てくれが完全に夜のお店の人である。俺も、エロいエロいとは思いつつも、四六時中一緒に居たから感覚が麻痺してしまっていた。
「違うものに着替えてくれ」
その提案に対して、俺はベルと一瞬顔を見合わせたのち、彼女に告げた。
「あーその、アリスさん。実はこのバニー姿はさ。解除できないんだよ」
「は?」
申し訳なさそうに頬をかきつつ彼女に言う。
「詳しい原理は俺も感覚でしか理解してないんだけど……。ベルのこのバニー衣装を、脱がすことは出来ないんだ」
「んん? いやしかし、出会ったときには全裸に近い状態だったではないか?」
「まぁそうなんだけどさ……」
そこの説明をする前に、待ったが入ったと言いますか。
眉をしかめるアリスさんと俺に対し、ベルは「アレじゃ」と口を挟む。
「呪われた装備と言うのが、この世にはあるじゃろ? ワシにとってこのバニー姿は、それに近いようなもんなんじゃ」
「呪いの装備か……。ふむ……」
「概念的なハナシじゃ。上に羽織るのも無理」
「む……。なる、ほど……」
アリスさんは納得したようにうなずいた。
俺も単語だけは聞いているが、それを目の当たりにしたことはないので全然ピンときていない。
「勇者の敵が、勇者に成るチカラを纏っておるからのう。それらが反発し合うことで、解除できない楔となってしまったんじゃが――――まぁ、細かい原理はどうでもよいか」
全然分からないまま会話は進んでいるようだ。が、いつまでもここでのんびりしているワケにもいかないだろう。
「面倒じゃ。飛んでいくか? それくらいのチカラなら出せるぞ?」
「いやいや。手続きせずに入ったら、バレたときが大変だ。ちゃんと正面から入ろうぜ」
「なるほどのう。どちらにせよ面倒じゃな」
それにアリスさんは軍の人である。規律に厳しいであろう人の前で、堂々と規律違反をするのも気が引ける。ここは正規の方法で向かうのが一番だ。
「では、仕方がないか……」
しぶしぶ納得したアリスさんは、門番の下へと俺たちを連れて行く。彼女の帰還記入に続いて、俺たちも入街証を発行してもらい、レーヴァの街の往来を歩く。――――が。
「こうなるかぁ……」
「それはそうだろう」
それはもう、目立つは目立つ。ベルの抜群のプロポーションとバニーガール姿。
これに関してはこれまでの街でも経験してきたことだ。しかし規模が小さい村や町だったから、関わらないように視線を逸らす人らが多かったから助かっていたようだ。
「そうか……。大きな街になると、思いっきりジロジロ見られてしまうんだな。危険度よりも、好奇心の方が勝ってしまうわけか……」
呟きながらも頬をかく。
そして最大の誤算だったのが……。
「ん? どうしたんじゃ?」
「いやその……、絵面が、ね」
軍の偉い人っぽい鎧を着ているアリスさん。そんな彼女にしょっ引かれる、不届き者二人みたいな構図になってしまっている。
けどまぁ、下手に絡まれなくて済むのかな……。
「安心しろ。今は祭りの準備中だ。催し物を行う団員との打ち合わせだと……、ギリギリ思ってもらえるだろう」
「それでもギリギリか……」
「ああ」
頷くアリスさんに俺は尋ねる。
「それにしても、そっかぁ。今は祭りの時期なんだな」
「西門地区の方にある田園エリアの収穫祭だ。この街が終われば、次は西、北、東と順々に祭りをし、最後は中央王都で盛大な祭りが催される」
「へぇ」
「この街だけではなく、国土全体を上げての祭りだ。楽しむといい」
「ありがと。いい祭りになると良いなぁ」
賑やかな空気を堪能しつつ、俺は礼を言う。
しかしなるほどな。
こちらは東門。中央にある軍本部を挟んで、本格的な祭りがおこなわれるのは逆側の西門側か。
レーヴァの街にどれだけいられるか分からないけど、時間があったらベルと一緒に見て回るのもいいかもしれない。
「お? よく見ると、街中にも色々と飾り付けがしてあるんだな」
最初はそういう文化の街なのかとも思ったが、話を聞いてみると、どうやら違うらしかった。
「今年は軍が全面的に協力し、昨年までよりもだいぶ大掛かりな装飾を設置できたのだ」
「へぇ……。綺麗だなぁ」
建物と建物の間にロープがかかっており、そこにきらびやかな飾り布が垂らされている。
日の光に照らされたり透けたりして、場所によって様々な見え方をするという催しのようだ。
「これ、レーヴァの街全域に飾られてるのか?」
「あぁ。住民全員の許可をいただき、取り付けさせてもらった。
年々観光客も増えてきている。飽きさせない試みをしたいとの相談が、軍の方にあったそうだ」
「軍に?」
「一昨年にオルゼム大尉が赴任してからというもの、街の士気はずっと上昇している。素晴らしいことだ」
そう語る彼女の瞳は、本当に嬉しそうだった。
この街……というよりも、街で平和に暮らしている人々を見るのが好きなのかもしれない。
「しかしそういう時期ってことなら、ベルが出歩いてても、多少は紛らわせられるかもなぁ」
「ほう? そういうものか?」
そうベルに伝えると、彼女は鋭い目をきゅっと細くし、涼やかな微笑を作った。
「…………。まぁ……、それでもだいぶ目立つけどな」
普通に生活していたら、まず出会わないであろう美貌とスタイルだ。
そんなのがバニー姿で堂々と闊歩していたら、祭りの時期がどうとか関係なく目を引く。
「ふぅむ……。やはりニンゲンは面白いのう。こんなモノが珍しいか」
天下の往来だというのに、自分の乳をたぷんたぷんと両手で揉み揺らすベル。
はしたないからやめなさい。あと、諸事情により俺が真っすぐ歩けなくなったり、中腰になったりするからやめなさい。
しかして。
それがトリガーだったのか、あっけらかんと乳を揺らす痴女に、後方から下品な声がかかる。
「よぉ姉ちゃん。イイ乳持ってンじゃねぇか」
「こんな真昼間からそんな格好とはゴキゲンだなァ。そっちの男と特殊なプレイ中だったのかァ?」
「そんなオヤジじゃ満足できねぇだろ? 俺らが一晩可愛がってやるぜ」
アリスさんという軍の人間が傍にいるのだが……甘かった。こういう怖いもの知らずも、中には居る。
それに非があるのは、どちらかといえばこちら側だ。こそこそとしていればまだ良かったのだろうが……、ベルはどこででも、堂々と歩くからなぁ。
「貴様ら、職務の邪魔だ」
「あ? お飾りの軍なんざ、怖くもなんともネェんだよ」
「それにテメェ、青階級じゃねぇか。注意は出来ても、民衆に対しての武力執行は、許可が下りないと出来ねぇだろ」
「チッ……。面倒な」
よく分からないが、アリスさんはとても苦い顔をしていた。
単語を掻い摘んでいくに、おそらく武力制圧は出来ないっぽい。今はベルがやる気ないみたいだから大事にはなっていないが、ひとたび暴れ出したら止めるのも一苦労だ。
「ま、まぁまぁお兄さんたち……。ここは穏便に。ね?」
こういう時。
俺は基本的に、我先に逃げるタイプだった。
間違っても、こんな明らかに強面の男たちに向っていけるタイプではない。
けれどこっちの世界に来てから二週間。
ベルと一緒に居ると――――あまりにも立ち向かうことが多すぎた。
男子三日会わずば刮目せよとはよく言ったもので。
巨悪に立ち向かい、そしてそれ以上の巨悪が身近にいて、『そいつを飼いならさなければならない』使命を持ったとあれば、意識だって多少は変わる。
つっても、俺に戦闘能力は無いんだけどね……。でも、やれることは、ある。
「オッサンは引っ込んでろよ。それとも、痛い目に遭わねぇと分かんねぇか?」
「こんなダッセェのに、何であんなイイ女がついてんだ? 何か弱みでも握ってんじゃねぇのかァ?」
「ちげぇねぇぜ! だったら俺たちは、正義の英雄じゃねぇか! だっはっはっはっはっ!」
あぁうん。あながち間違ってはいない。
ただまぁ、弱みを握っているのはこちらだけでなく。ベルと俺、互いにだ。
「オイオッサンよぉ。つかマジで邪魔だわ。どけ」
「五秒以内な。あぁでも、面倒だからもう殺すわ。――――オラ死ねッ!」
男が拳を振りかぶった瞬間だった。
「――――『仮装着』」
口早に単語をつぶやく。
すると……対象の男たち二人の衣装が、たちまちバニーガールへと変化した。
「ンなッ……!?」
「はぁぁぁぁッ!???!?」
驚愕と共に、二人の行動は止まる。
そして俺はそのまま、大きな声で叫んだ。
「宣伝ですよー! 男のバニーガール専門店! ついに新装開店!
今日はここに、二名の新人ウサギちゃんたちが来ております!! 見学は無料ですので、ぜひ見てやってくださ~~~い!!」
「なッ! て、テメェ、何を……!」
「お、おい! お前、股の食い込みがえぐいぞ……!」
「そ、そういうお前だって、網タイツから毛が大量にはみ出してんだよッ!」
バニーガール衣装に包まれた男たちは、屈強な身体をどうにか縮こませて、その場に伏している。ウサミミまでついていて、強面の顔と絶妙に似合っていない。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた町の人たちが「何だ何だ」と視線を向ける。
俺たちにも視線は集まってしまうが……、それでも、どちらかと言えば目の前のウサギちゃん二羽に目がいってしまうだろう。
「うぉ……! ヘ、ヘンタイ?」
「なんか……、そういう商売らしいよ……?」
「へぇ~。変わった店もあるもんだ」
「おいウサギの兄ちゃんらよぉ! 何か芸してくれよ~!」
完全に二人の男たちは、奇異の視線と野次に晒されていた。
脱ごうとしても脱げないし、そもそも脱いだら全裸である。
「くぅ……ッ! お、覚えてやがれッ!」
「た、たぁすけてぇ~……!!」
二人は情けない顔をして、乳や股間を隠しながら路地裏の方へと逃げて行った。
ふぅ……。なんとかなったかな。
「さて……、それじゃあ行くかアリスさん」
「面倒だから呼び捨てで良いが……、しかし、きみ、何をした?」
「いやまぁ、ベルに使っている『契約』みたいなのを、一時的に」
「『契約』だと?」
「後でちゃんと説明するよ。
あ、ちなみにあの二人のバニー姿は、もう一分もすれば解けると思うんでご安心を」
「は、はぁ……?」
行こうと言って、俺たちはそのまま連行される……体で軍に向った。
その間もベルはあくびをかましながら、楽しそうに黒髪を揺らしてついてきていた。
スマートなピンヒールの音が、階段に響く。
さて。
説明タイム及び、
俺たちの任務、開始だ。